Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Bridge
Zhongshan System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
1 January 3152
無人の艦橋に一人っきりであっても、サチコには成すべきがあった。
オスクがどこで何をしているのかが、心配でたまらない。
しかし、この非常事態に気が付いてしまった以上、彼女にしかできないことがある。
艦橋の一番見晴らしのいい場所に、彼の席はあった。
サチコはそこに滑り込むように座ると、操作盤を手元にスライドする。
彼の不在は、誰かが埋めなければならない。
艦長の席が空席などということは、許されないのだ。
大柄なオスクが座っていた席に、小柄なサチコが座ると左右に大きく隙間ができる。
座面の中央に座ると、彼女の腕は両脇の肘掛けの内側に入り込んでしまう。
背もたれと背の間には大きな隙間ができていた。
サチコの懸念が正しかったことは、席に座って10分もしないうちに判明する。
降下船が接舷している航宙船からの呼び出しのランプが小さく鳴った。
不慣れな手付きで、操作盤の上に人差し指を走らせると、通信相手がホロに浮かび上がる。
無頼者のような顔つきの男は、航宙船の艦長だった。
『ユニオぉぉぉん?』
通信が繋がると同時に相手の男が口を開くが、現れた見知らぬ顔に驚きの表情を浮かべて激しく舌を噛む。
歯と歯がぶつかる、痛そうな音が通信機越しにも聞こえる。
一瞬だけクスリと笑うと、サチコは口を開く。
「ユニオン級降下船『レッド・グリズリー』艦長代理のサチコ・タテオカです。不在の艦長のオスキャルに代わりお相手させていただきます。」
艦橋内に響く声で、通信機の向こうにいる相手に呼びかける。
サチコはできる限りの胸を張り、手を伸ばして指先だけで肘掛けの先を掴んだ。
『オデッセイ級のカルディネだ。爺さんじゃないから、何が起きたのかと思ったぜ。』
咳込みながらも、相手は名乗りに応じる。
見た目通りの言葉遣いではあったが、それでも1隻の船の長だ。
『この船に接舷している別の船が、突然呼びかけに応答しなくなったんだ。ジャンプ中に何か異常があったのか、確認させてもらおうと思ってな。』
「本船では、特に何も起きてはおりません。何れの船で、何が起きたのでしょう?」
操作盤を操作してみても、そこに不審な報告は上がっていない。
艦内にサチコの与り知らない活動の記録はあったが、それはジャンプの結果とは無関係の内容だった。
『まぁ、何かあると期待してたわけじゃねぇんだ。』
ようやく肺の様子が落ち着いたのか、カルディネはホロ越しにサチコの様子を確かめるように顔を上下左右に動かす。
角度を変えて見ても、ホロに写るものが変わるわけではない。
だが、幾人もの人間が、そうしてしまうのは仕方のないことなのだろう。
逆にサチコのように、顔の角度以外は彫像のように動かさなければ、相手の目にはそれが威厳と写ることもある。
間違いなく、ホロ越しの相手は、たかが20手前の小娘に気圧されていた。
「ご用事はそれだけでしょうか?」
サチコは語気を強めて、相手へのプレッシャーをかける。
精神的な優位を保っているうちに、この通信は終わりにしてしまいたかった。
ああ、それだけだ。と答えるカルディネの声を聞いて、サチコは目を伏せる。
――どうにかお役目を果たしました。
心の中で、本来はここに在るはずの彼に報告をした。
しかし、いくら待てども、カルディネはなかなか通信は切らない。
『いや、待ってくれ。どうやら、例の船から生命反応が消えたらしい。やっぱ、何か心当たりはないか?』
終わりだと思っていたところに、恐ろしげな話を突然聞かされて、サチコは息を呑む。
「病気などでなければ、良いなと思います。」
咄嗟に彼女が口に出した言葉は、あまりに幼かった。
カルディネは、その言葉に何かの違和感をサチコに感じたのか、それとも船殻の上で起きた余程のこと、とやらに警戒心を改めたのか。
『サチコさん、あんたの船の中での立場をお伺いしたい。爺ぃ...、いや、艦長殿の所在は?』
通信機の向こう側の空気が、疑念に変わっていくのをサチコは自身の肌で感じた。
ここで自らの身分を、整備士などと素直に答えるわけにいかないことは彼女にはわかる。
「恋人」も「愛人」もこの席に座るには値しない。
だから、サチコはこう答えるしかなかった。
その言葉を口にすることに、彼女は今や何の不満を覚えていない。
深く息を吸い込むと、サチコは今日一番の見栄と胸を張る。
「オスクの妻にございます。何かご不満がございますでしょうか?」