Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Ep.21_01
Union Class Dropship
Zhongshan System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
5 January 3152
丸い球のような腹を撫でながら、ツェレンはオスキャルに話しかける。
「聖域の外は明るくて落ち着かないわ。」
降下船と航宙船を繋ぐ金属の円筒は、エアロックという装置だった。
そこは常に固く扉が閉ざされていて、開放されていない。
その両端は酸素と窒素の割合も違えば、船の中の文化も違う。
そんな異国と異国を繋ぐ関の前に、彼女達はいる。
最初、背の収まりが悪いのは、待機用の座席が小さいからだと思っていた。
ゆったりと脚を伸ばせる長椅子に慣れてしまった、重い母体を受け止めるには、その座面はあまりに狭い。
そこに尻を収めようとしていた時からずっと、彼女の肉はその淵からはみ出している。
しかし、今は目が乾きを訴えていた。
「重力のない場所で、そもそも椅子に座らされる意味がわからないわ。」
「自力での姿勢制御の難しいお嬢さんが、勝手にどこかに泳いで行っちまわないように、固定しているんだ。」
短い間隔で瞬きを続けるツェレンは不満を口にするが、老艦長は取り合わない。
オスキャルは、その身を宙に浮かせている。
彼女の身は、どうしてそうならないのか。
「お前さんは体を動かさなくても、腹の中のそいつは勝手に動いちまうんだろ?」
羨ましそうにオスキャルに流し目を送るツェレンを嗜めようと、彼は顔を顰めてみせる。
自分の腹を叩いて見せて、ツェレンの腹の中に棲んでいる別の意思の存在を、彼女に自覚させようとすらした。
反論のしようがなくて、彼女は深くため息をつく。
「...よく、調べてるわね。」
ドルジとサリーナ。ツェレンと交わった2人の男は、どちらとも彼女を母親にした後のことを考えていない。
かつての夫、サリーナと子を成すことはなかった。でも、ドルジはツェレンが彼の子を身籠った後、聖域に彼女を隔離しただけ。
産まれてくる前の子が、母胎の中で動きまわることすら、彼らは知らなかった。
伴侶のことを、女が母親になるという意味を、男の方が知ろうとしている。
それを羨ましい。と思う心と、そうではなかった彼らを想う心の2つがツェレンの心のうちで争っていた。
彼女は自分のパートナーに完璧な存在であることを求めたことはない。
相手の長所よりも、短所の方を愛しいと思う自分を、ツェレンはいつも不思議に思っている。
お互いの足りない部分を埋め合う行為が、ぴったりと重なったときがとても心地良いのだ。
要するに、眩しい灯りも狭い椅子のどちらも彼女には煩わしい。
もう一度、ツェレンが大きなため息をつくと、目の前のハッチがちょうど電子音を立てた。
気圧の調整の完了を知らせる音。
ロックが解放されて、空気の噴出する大きな音が静かだった空気に良く響く。
「お出迎えに感謝するっす。」
重厚なハッチが開くや否や、磁石の仕込まれたブーツが、床の金属板を叩く乾いた音がする。
大股で船内に飛び込んできた彼女は、好奇心を隠すことなく頭をぐるりと回して船内を見回す。
落ち着きのない小型の体躯の後ろからは、気密服に身を包んだ初老の男が、静かにゆっくりと壁や扉の脇に取り付けられた手すりを掴みながら、ハッチから出てくる。
「シフ君、ドッキングアダプターでの挨拶は相手が先にするものだ。」
蝸牛のように壁を這う姿とは違って、彼の声は聞く側に、しっかりとした年季のようなものを感じさせる。
時間をかけて穴を潜り抜けると、彼は慎重に姿勢を整えながら床に足を付けた。
靴の底の電磁石が、金属床を噛むと男の姿勢はようやく安定する。
彼がハッチの入り口に背を向けると、オスキャルはようやく口を開いた。
「直に会えて嬉しいよ。」
「こんにちは、初めまして。」
固い握手を交わす2人の老人達を見ながら、シフは首を振る。
「今は3152年っす。1975年の話とか、知るわけねぇっす...。」
「ふむ。...だが、君はちゃんと知っているじゃないか。」
芝居がかった手の動きを見せながら、初老の男はシフのボヤきに言い返す。
ツェレンはシフの左腕と左脚に義肢を取り付けた主治医とは面識がなかった。
だが、シフがガチャガチャと音を立てて、左脚で地団太を踏む姿を見て確信する。
この男こそが、アルタンエルデネ。一度は翼を失ったシフを、再び空に舞い上げた医師だった。
彼に細かい指摘をされたシフは、何かを言い返すのにも疲れたように、大きく肩を落として項垂れる。
悲嘆に暮れていた彼女を、身体面と精神面で再生した医師をシフはとても良く信頼していた。
口を開けば、戦果が欲しい。とねだっていた彼女が、飛ぶこと以外にも興味を持つようになっている。
それは、ツェレンでは彼女に与えられなかった変化だった。
「もう、しばらくは吸血鬼とか怪獣のフィルムはコリゴリっす。」
「ほほぉ、うちの荒野のガンマンのコレクションを見るかね。モノクロに抵抗が無ければチャンバラものもあるぞ。どっちも全てテラで撮られたものだ。」
ツェレンには、シフが何にうんざりしているのかがわからない。
しかし、そこにオスキャルも参戦する。
もちろんツェレンには、オスキャルの放つ奇怪な単語の意味も分からなかった。
だが、シフの様子を見ると、それは深入りしてはならないものだと、本能で知る。
「しばらくはどっちも遠慮するっす...。」
彼女の機械仕掛けの腕が、力なくパタンパタンと左右に振れた。
「さてと...」
若いオモチャに飽きたのか、アルタンエルデネは楽しそうにオスキャルとツェレンに興味を移す。
気密服の首元を整えると、彼は今更名のった。
「僕がマリオだ。」