Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Break room
Zhongshan System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
5 January 3152
宇宙での食事は固いクラッカーだけではない。
水やお湯で戻すことで地上で食べるような食事をすることができる。
しかし、それは単価の高い食料になることから、あまり多くは積み込めない。
階位による差が少ないこの船でもバトルアーマー隊や整備員の口に入ることはない代物だった。
一応名目上は戦士であっても、メックの割当てのないオチルでもそれは変わらない。
そのくらい、希少品だった。
ペトロワの目の前にある銀色のパウチに入った食料はその希少品と比べると少し価値が下がる。
シフが持ち込んだツォンシャンから補給品の中に入っていたものに目を付けたオチルが、ドルマーに頼み込んで分けてもらったのだ。
密封された袋の中には加熱器で温めただけで食べられるボルシチが入っている。
70℃近い高温に晒した後、整備員の休憩室で待つペトロワの元にオチルはこっそりと持ち帰った。
「おいしい。」
木匙でそれを口にした彼女の微笑みを見るだけで、全ての労苦が報われたような気持ちになる。
同じ木匙でその茶色いとろみのある液体を口に入れてもらえれば、オチルは今までの人生の全てを肯定できた。
「本当だ。でも、僕は地上で食べたターニャが作ったスープの方が好きだな。」
同じ食べ物でも、味も舌触りも全部違う。
「アリィナに着いたら、また作ってくれるかな。」
「もちろん。アリィナではどんな食材が手に入るかしら?」
食事を続けるのを忘れて、重ねた手の指と視線を絡ませるだけでは足らず、少し先の未来の約束を交わす。
オチルは少しだけかがむとペトロワと唇を重ねる。
最近、つい勢いと衝動だけでペトロワと初めての口付けを交わしてしまった。
それ以来、顔を合わせるたびにこうしてお互いの舌の感触を確かめ合っている。
人の目はまだ気になるけど、周囲の恋人たちの様子を耳にする限り、オチルとペトロワが気にしすぎであることは明らかだった。
それでも、オチルは自分と彼女のお互いの気持ちを大事にしようと思っている。
熱い吐息で肩を上下させながら、目をトロンとさせるペトロワの肩を抱く。
人には人の感じ方というものがあっていい。
この船はそれを否定するような人間はいなかった。
重力のない船内でお互いの身体を浮かべながら、お互いの腕の中でお互いの温もりを確かめあう。
小さく身じろぎをするたびにペトロワのくるくるとした髪の毛がオチルの顔をくすぐった。
幸せな2人だけの時間は、壁の向こうからの小さな音に突然破られる。
休憩室の壁の向こうには、2つの狭い独房しか存在しない。
「あたしっ...、あたしっ...、もう...」
懇願するような声が聞こえたかと思えば、そのすぐ後から何かと何かがぶつかる連続音が聞こえはじめた。
普段の粗野な言動と素行からは、想像もつかないような甘えた声で、シャロンは彼女の恋人の名前を連呼している。
オチルとペトロワは、その濡れた音と女の声が奏でる旋律に身を強張らせた。
頑丈な板を隔てた先で何が起きているのか、想像もできないようなうぶな子供はここにはいない。
2人が色々な想像を巡らすのに十分な時間が経過した後、オチルの両耳はペトロワの両手でそっと塞がれた。
「聞いちゃダメ。」
「どうして班長が独房に?」
不安げな表情を浮かべる彼女にオチルは囁くように尋ねる。
オーケの懲罰の期間は年末で終わりになったはずで、彼がまだ壁の向こうにいる理由はない。
「なんか、幸せそうだからもう7日くらい反省してなさい。って艦長が...。」
困惑の表情を浮かべながら、ペトロワは壁に目を向ける。
それで、晩御飯の時間のはずなのに誰もここにいなかったのか。とオチルは納得した。
漏れ聞こえる音だけで判断をするのならば、その裁定で幸せを得ているのはオーケではなくシャロンだけに聞こえる。
壁越しの彼女の声はいよいよ彼の手業を賞賛するだけでは堪らずに愛と幸福の言葉が漏れ始めていた。
これが10日間も続くのならば、実際にはお互いに満足し合える間柄なのだと思う。
そんなことよりも、とんでもない場所をデート場所に選んで、そこに女性を連れ込んでしまったことを後悔する。
ペトロワが彼の耳を塞いでいるうちはここから離れることもできそうになかった。
仕方がなくオチルは手を伸ばして、彼女が宙に投げ出した銀のパウチを手元に引き寄せる。
ペトロワの手が両耳から離れるまで、彼女の口に残りのボルシチを運び続けた。
「ねぇ、オチル?」
銀色のパウチが空になると、ペトロワは口の中に残ったシチューをしっかりと飲み込んだ後で口を開く。
迷いのある表情で、それでも勇気を出して尋ねていることははっきりとオチルにもわかった。
「オチルは、ああいうこと私としたい?」
「ターニャとの子供は欲しいと思う。」
いずれ、この問いが来るだろうと予期をしていたから、はっきりとペトロワに答える。
「でも、それはお互いに後悔のないようにしたいんだ。ターニャもペトロフさんに隠し事はしたくないだろう?」
長らくペトロフの娘と呼ばれ続けている彼女にとって、父の存在がどれほどのものかをオチルは理解していた。
まずは、自分がペトロワと共に在ることを彼にわかってもらわないといけない。
いずれは彼女には父親から卒業してもらわないと困る。それでも、それは今でなくても良かった。
オチルは自分の考えていることを、パートナーに丁寧に説明する。
彼の目には、それを静かに聞く彼女の表情が本当に幸せそうに見えた。