Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Break room
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
7 January 3152
「ふむ、つまり」
ペトロワの話を聞いて、トヤーは考え込むように腕を組む。
「トヤーさんが、ちょっと頭弱めでカワイイのはこのEIインプラントのせいってことね。」
どやぁ、といわんばかりの彼女の得意そうな表情に、深刻な表情を隠せずにいたペトロワの目が点になった。
それを目の前にしたサチコも、脱力して肩を落とす。
まだ、整備士として働き始めて4年のサチコと、整備士女子の中では最年長のペトロワでは年季が異なる。
10年近く、この船の男達と寝食を共にしていたペトロワは、船内の様々な情報や噂が耳にできた。
男女比が極端に男に偏った船内で、希少な男女の恋の噂話は彼女の楽しみになっている。
そんなペトロワと親密な関係を築いていたオチルが、知ったばかりのトヤー出生の秘密を彼女に漏らしてしまった。
彼は良かれと思って口にしたのかもしれない。
だが、話の内容の重さに、ペトロワの繊細な心はすっかりへし折れて、彼女は半ばパニックを起こしていた。
彼氏の前では平静を保っていたペトロワだったが、彼の前を離れた直後に、彼女は4人組に呼び集める。
サチコが駆け付けた時、厚みのある彼女の筋肉質な背中は、あまりの動揺に大きく上下を繰り返していた。
サチコは心の中で、ペトロワの頼りない彼氏の無神経さに呆れる。
そのペトロワの動揺は、さっきのトヤーの一言をきっかけに、急速に治まりつつあった。
狙ってやったのか、天然なのか、彼女のポジティブさが今のトヤーの強みであり、サチコ達にとっての救いになっている。
インプラントとトヤーの余命の情報を最初に漏らしたのはサチコだった。
それ以来、当事者のトヤーが最も周囲に気を配っている。
本来、彼女の力になってやるべきのサチコ達と立場が逆転している様子はとても不思議な光景だった。
ペトロワの震えが収まったころに、トヤーは自分の手術の日程が8日に決まった。と皆に告げる。
8日とはつまり、明日のことだった。
それを聞いたシャロンは、トヤーの言葉の通りの理解をする。
「お、手術できるんだ。良かったじゃん?」
「なんか、細かい話は全然わかんなかったけど、早く済ませちゃいましょう。みたいな感じだった。」
トヤーとシャロンの軽い受け答えの裏で、サチコは顔を真っ青にした。
検査から間を置かずに手術をするということは、トヤーの状況の悪さを示している。
サチコはその言葉を心の中に封じた。
妹分が作り上げた、明るい空気を年長の自分が壊すわけにはいかない。
サチコは不安そうな表情のペトロワと視線を合わせると、静かに首を振って彼女の言葉を制止した。
「トヤーは、海賊になる前の自分って覚えてないの?」
「海賊ってさー、その日生きるので精一杯だからさ。毎日食べて寝てメック乗って、戦ってる記憶しか無いんだよね。正直、海賊の時の仲間の顔もあんまり覚えてないんだ。」
シャロンのふとした問いに、トヤーは両足を投げ出して答える。
明るい表情の2人は、サチコとペトロワの迷いに気が付いていない。
「何年海賊をやってたのか考えたこともないから、わかんないのが正直なトコ。それより前なんて、尚更覚えてないよ。」
トヤーはそう言いながら何度も首を捻るが、それは無駄な行いだった。
インプラントについては素人でも、サチコとペトロワには多少の医療の知識がある。
思い出そうとして思い出せるのなら、それは記憶喪失とは言わない。
「インプラントを外してしまったら、前のトヤーさんに戻ることはないと思います。」
何の知識の裏付けもなく、サチコはそう言葉を漏らした。
ただの女の勘だったが、そのインプラントには彼女の過去が詰まっているように感じる。
装置を外してしまうことで、狂気に囚われる前のトヤーは永遠にこの世から失われてしまう。
そう、サチコは直感していた。
だからこそ、彼女には恐ろしい予感がある。
「手術で、今のトヤーさんが失われることは無いのでしょうか?」
「え?あたし、賢くなっちゃダメ?」
サチコの不安にトヤーが悲しそうな表情を向けた。
能天気な彼女の反応に、少しだけ怒りを覚えたサチコは、妹分の脳天に手刀を落とす。
「ふぇぇ、あたしがバカになる...。」
あまりの痛みに呻く彼女を目にして、サチコは悲しみを覚える。
トヤーは、今の彼女の記憶のことを、さして重要ではないと考えているのだ。
そう考えた瞬間に、サチコは自分と彼女の在り方の違いに気がついてしまう。
「そうか、記憶がほとんど無いから...」
トヤーには、蓄積された記憶が構成する自身というものがほとんど無い。
彼女が海賊を抜けて、この部隊に入ってからは数ヶ月程度。
最初に出会った彼女は、あまり社交的ではない内気な少女だった。
サチコ達とトヤーの交流が始まったのは、それよりも更に後になる。
今の強靭で甘えん坊のトヤーを形作ったのは、彼女の人生の大部分を占めてきたサチコ達だ。
それに気が付くと、サチコには目の前の少女が我が子のように思える。
サチコはいつの間にか、自分が手刀を落としていた場所を同じ手で撫でていた。
「記憶を失っても、メックの操縦の仕方は覚えていたんでしょ?」
もしも、失われる記憶が一部なのだとしたら、手刀のことなど忘れて欲しい。
サチコ達に出来ることがあるとすれば、この友情の記憶をトヤーの身体に覚えさせること。
そう考えたサチコは彼女を抱きしめると、その頬に自分の頬を擦った。
「もし、明日の手術の後にあなたが私のことを忘れていても、あなたの頬が私の頬を覚えているわ。」
それを聞いたペトロワが、サチコとは反対側のトヤーの頬に頬擦りを始める。
「なんだよ、今日はそういう感じか。」
シャロンの容赦ない手がトヤーの両胸を後ろから鷲掴みにする。
「オレの両手がトヤーの身体に友達を忘れられないように教え込んでやるぜ。」
なにおぅ?と言ったトヤーの手は、シャロンでなく彼女の正面にいたサチコの控えめな胸を器用に鷲掴みにする。
キャアキャアと黄色い声を上げて、ふざけて居られるのも今日で一旦終わってしまうのかもしれない。
そんな、不安を一瞬だけも忘れられる時間が、サチコには本当にありがたかった。
きっと、ペトロワも同じ気持ちでいる。