Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Bay2
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
8 January 3152
『5番機離昇、押し出します。』
機体の尾部をパワーアームで掴まれて、ゾリグの機体が降下船の外に放り投げられる。
シャロン式発進法とでも言えば良いのか。無重力下だからこそ、出来る芸当だ。
『おっしゃぁ、ゾリグぶちかまして来い!』
「ぶちかますのは俺じゃねぇよ。」
電子戦機の5番機には、戦闘艦をどうこうする能力はない。
威勢のいい言葉とポーズで機体を送りだした彼女に、ゾリグは思わず言い返す。
機体の調整をした本人も、そんなことは百も承知だろう。
今のは、彼女なりの力付けのつもりだったのかもしれない。
それに気が付いたゾリグは一瞬、言葉が強かったかと後悔をする。
だが、言葉を受け取った本人は気にした様子もなく、徐々に距離が離れていく機体に手を振っていた。
センサー類に異常が無いことを確認しながら、ゾリグはしばらく機体の動きを慣性に任せる。
スラスターを点火するのは、十分な距離が離れてからだ。
シャロンの両腕に装着されたパワーアームは、両手の指の先から肩までを船外活動服の上から覆っている。
金属の手と指の部分は、彼女の手があるはずの部分よりも先に付いていた。
だから、彼女の姿は外見だけを見れば、まるで腕の長い手長猿のように見える。
直感的に扱えそうな見た目に反して、実際に使いこなせるようになるには、相応の技術と慣れが必要な装備だ。
だが、シャロンは不格好なそれを、まるで自分の手のように自在に扱う。
例の一件以来、あのパワーアームは確実に進化を重ねている。
アームの改修にシャロンとトヤーが口出しをするようになってから、僅かな時間のうちにそれは、指先で細かい作業ができるようにまでなっていた。
――余程好きなんだな。
そう評価をしながら、ゾリグはシャロンの一言を思い出す。
「オーケを助けに行く。」
彼女のその一言をきっかけに、サチコもオスクの苦境は見ていられないと足を揃えた。
彼女達がそう言わなければ、ゾリグも腰を上げることはなかったかもしれない。
2番格納庫の発進口に目を向ければ、パワーアームを装備したシャロンが8番機の翼部を目掛けて縄を放っていた。
彼女の背後で、軽装の宇宙服を着たサチコや他の整備士が控えている。
直接着艦をさせずに、降下船の近くまで寄せた機体を縄の先の円で捕まえることで、静かな着艦を実現しているのだ。
兵装の交換や点検などは、ほとんどその場で行われ、機体は再び彼女達によって宙に投げ出される。
機体を格納庫まで収容しない表向きの理由は、時間の問題だ。
だが、どこかの誰かが格納庫の隔壁扉を破壊したから、という裏の理由もそこにはある。
大事件ではあったが、それを理由にパワーアームの使用が封じられることはない。
シャロンとオーケの間にあった深い溝を埋めたのは、あの誓いの指輪だった。
それを使用禁止にすることを、サチコが許すはずがない。
オーケとシャロン、オスキャルとサチコ。
不安はあっても、ゾリグは破滅の予感はない恋人達が今はひたすらに羨ましかった。
HUDに表示された時刻を確認すれば、いつの間にかトヤーの手術が終わるはずの時間は過ぎ去っている。
それなのに、ゾリグの手元には吉報も凶報もまだ届いていなかった。
励ましや慰めが欲しいわけではない。
それでも、僅かな迷いの後に通信機のチャネルを合わせる。
回線を開いても、どんな言葉を口に出せばいいのか、思い浮かばなかった。
たった1人で、手術室の前にいるペトロワに、ゾリグは精一杯の虚勢を張る。
「心配すんな。シタが出てこねぇってことはまだトヤーは踏ん張ってるってことだろ。」
延長戦が続いたとしても、ゾリグ達が船に戻る前に結果は出るだろう。
その結果がどうであろうと、もう彼が第一報を受け取ることはない。
『ゾリグ様こそ、無事に帰って来てください。』
なぜ、声をかける先がペトロワだったのか、ゾリグは彼女の返事を聞いてようやく少し理解する。
誰かがトヤーの近くにいることを、確かめたかっただけかもしれない。
その他の理由もあるかもしれないが、ゾリグは心の中の靄が少しだけ晴れた気がして息をつく。
「悪ぃな、後を頼む。」
逃げ出すように、操縦席の脇のレバーの一つを前に押し出して、機体に力を行き渡らせる。
シャロン達の姿が小さくなり、やがて球型の降下船も、肉眼で探すのは難しいサイズになった。
機体の進路を固定して、降下船との信号のやり取りが続いていることを確認する。
シタからの余命宣告以来か、それともドルジが居なくなって以降か。
ゾリグの調子は狂いっぱなしだ。
トヤーの一件さえ決着がつけば、この乱れは元の通りに戻るような気がしている。
もう、まもなくこの問題には決着が付く。
――2人とも戻らないかもしれない。
ふと、そんな可能性がゾリグの頭を過ぎる。
果たしてその結果は、最悪の結果なのだろうか?
ゾリグはその問いへの答えを、今は持ち合わせていなかった。