Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , OR
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
8 January 3152
再び抑揚の無い大きな電子音が、部屋に響き渡る。
電気ショックは使えない。
彼女の肌の下には、まだ幾つもの機械が埋め込まれている。電気ショックは用途のわからないそれらを、一瞬で破壊する可能性があった。
「アトロピンを」
マリオの短い一言を聞いた女医は、すぐに脇に準備してあった小瓶をつまみ上げて、ラベルを確認する。
注射器を差し込んで、中の液体を吸い上げると、目盛りが見えるように目の高さにまで持ち上げて、余分に引いたプランジャーを押し戻す。
宙を舞う水滴にも構わず、シタはトヤーの左腕を取ると、肘の内側に見える脈に向けて針を刺した。
仰向けにされたトヤーの大きな胸のすぐ下は大きく開かれて、肌の下の桃色が露わになっている。
開いた背を一度閉じた後に、今度は彼女の胸が開かれているのは、もう何度も彼女の心の臓が止まっているからだ。
今はそこからマリオの腕が差し込まれて、心臓が直接彼の手で握られて、リズムを刻まされている。
擦り減って弱った神経と、そこに重なっていた小さな機械の繋がりを解いたことが、今の彼女の身体の変化に、果たして関係があるのかどうかはわからない。
とにかく、どうにか彼女の命を、この小柄な体に繋ぎとめようと、2人の医師は懸命だった。
彼女の身体の中で、神経を蝕んでいたはずの小さな機械。
今はシタの脇に置かれたワゴンの上の、トレイの上で転がっている。
これが、彼女の命を繋いでいたのだとは、シタは思いたくなかった。
「動いた...いや、気のせいか...」
僅かな沈黙の後、マリオはトヤーの胸から腕を静かに引き抜く。
手術室に響いていた電子音は、再び一定のリズムを取り戻していた。
「鼓動が戻った。少し待って。」
執刀医の薄い青のグローブの手がトヤーの身体の上の空間を撫でるように動く。
ほんの僅かな沈黙の時間が、シタには何十分にも思えた。
「閉創はまだ。輸血は止めないで。」
マスクの下のマリオの声は、まだ緊張している。
トヤーの呼吸は、安定しているとは言い難い。
苦しそうな、まるでしゃっくりのような呼吸が続いている。
呼吸器が彼女の顔の上で跳ねるたびに、シタはその位置を元に直した。
「もう今日はメスを使いたくないね。そうできる願いたい。」
マリオが銀色のトレイが載ったワゴンを、少しだけ自分から離れた場所に動かす。
「こんな状態だと、トヤーちゃんはもうメックには乗れそうに無いわね。」
少しでも目を逸らせば、また波形が平面に戻りそうな気がして、シタはモニターから目が離せなかった。
皆にどんなにガッカリされるのだろうか。と、彼女が想像をする前に、マリオが首を振る。
「いいや、どんな状態でも、彼女はまたメックに乗るね。」
短くため息をつく。
「そういう風に、遺伝子に書き込まれてるからね。この呪いからは逃れようが無い。」
それこそ、死ぬまでね。
そんな残酷な言葉を口にする、彼の表情を一目だけ見ようと、シタが顔をマリオに向ける。
マスクと帽子に包まれた表情からは、何の感情も読み取れない。
電子音が高く平坦に変わって、再びシタは絶望に陥る。
「なんてこった。」
呻くような声を上げながら、マリオは再びトヤーの胸に手を伸ばした。
男ならば、誰もが触れてみたくなりそうな丘の下に、彼の腕が潜り込む。
2つの丘の頂上では、まだ小さな桃色の実がピンと部屋の天井に向けて尖って立っている。
それを見ていられるだけでシタ達はまだ、希望を捨てずにいられた。