Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Medical Sect
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
8 January 3152
艦橋も格納庫も大忙し。
銃座は埋まり、手術室前は息が詰まりそう。
宇宙で対艦戦闘ともなると、アリマの出番はどこにもない。
暇だからと言って、聖域に遊びに行くような気分にはなれず、だからと一人で船室に籠っているのも嫌だった。
さすがのアリマもその道で半世紀を生きている人間の指揮に口を挟む勇気はない。
この船の上であのエロ爺と同じ土俵に立つのは、丸裸にされて大熊の前に放り出されるのと一緒だ。
――少し繋いだだけでも一瞬で、脳の隅まで犯されそうな気がするわ。
それはそれでどんな気分になるのか、興味がないわけではない。
だが、彼女の脳も肢体も彼女のモノではない。アリマは彼の意思にそぐわずに得る快楽には食指が動かなかった。
手術室前の赤い表示板に何度か目を向けながらその前を通り過ぎる。
もう、灯りが消えるはずの時間から2時間が経とうとしていた。
無理矢理にでも気分を上げるために鼻歌でも歌おうかとアリマは頭を巡らせる。
ちょうどいい譜面を思いつかずにいると近くの部屋から子供の泣き声が聞こえた。
すぐに子供が抱き上げられる気配と共に透き通った歌声が漏れ聞こえはじめる。
歌声に引き寄せられるように、アリマは戸を開く。
自然と脚が前に進んで、何の断りも入れないままに部屋の中に足を踏み入れる。
部屋を満たす子守歌はアリマにとっては歌詞も旋律も知らないものだった。
だが、真っ白な装束に身を包んで泣く子を抱く女性を見ると、アリマは自分がひどく不謹慎な存在に思えた。
赤子をあやす目前の白い天使の優しい歌声には美しさしか感じない。
だが、翻訳機が訳す歌詞の内容にはアリマは背を震わせる。
【ベッドの淵に行かないで。
灰色狼があなたを連れ去るわ。
森の中の柳の下にあなたを引きずり込むわ。
寄るな、狼達よ。
我が子を目覚めさせるな。】
彼女を捕えるために戦艦まで動員して、まだ少女だったアンネのいた小隊に飽和攻撃を仕掛けたのはウルフ氏族だ。
その後、キャッツに捕えた彼女を返還することもなく、彼らは幽閉を条件にその身柄をシーフォックスに預けた。
彼女の過去を知るアリマの耳には、このガラスのような歌声が怨嗟の呪いのようにも聞こえる。
アリマにとってはこの母が囚われた経緯など預かり知らぬ話ではあった。
だが、ここで膝をついて許しでも請わねばならないような感情に襲われて、床に視線を落とす。
彼を彼女の元に送り、彼女が彼の子を産むきっかけを作ったのは、他ならぬアリマだった。
いつの間にか泣き声は止み、彼女の腕の中で小さな命は寝息を立てている。
子守歌はちょうど、老婆が焼いた焼き菓子を子が受け取って終わりを迎えるところだった。
手を叩くわけにもいかず、アリマは困って首を傾げる。
「子供、名前決まったの?」
アンネと目が合うと、口を閉ざしたままではいけないような気がした。
とっさに思いついた言葉をアリマは口にする。
母親は子を小さな寝台に戻しながら、頷いた。
「バトアルマス」
さっきまで泣いていた男の子の名を呼ぶ。
静かに手を放し、彼の寝顔を確かめてから滑るように隣の寝台の淵に手をかける。
「オユントゥヤ」
まるで呟くような小さな声でアンネが娘の名前を声にした。
その顔を伺えば、2児の母は普段は誰にも見せなそうな笑みを浮かべている。
「...固いダイヤと翡翠の輝き?」
名前の意味をアリマが口にすると、彼女はそのままの表情で頷く。
――ぞっこんじゃん。
今までに、アリマはアンネの口からドルジへの想いを聞いたことはなかった。
だが、双子に付けられた名に戦慄する。
ジェイドファルコンのドルジの息子と娘であると高らかに宣言するような2つの名に、アンネの彼への執着を感じずにはいられない。
彼女の由来の氏族の影は子供の名に一切感じられなかった。
もちろん、アリマも想いで彼女に負けているつもりはない。
だが、ここまで見せつけられると彼に彼女の拉致を唆した罪の意識も掻き消えた。
「トヤーちゃんにもそう笑われたわ。」
夢の中にお邪魔して、さっき一緒に決めたの。と眉を八の字にしてみせる。
意外な名前が出てきたことに少し驚く。
「あの子、聞いてたよりも余裕があるのね。手術っていつ終わるの?」
未来を見通す彼女であれば、長く続く不安の行先を知っているかもしれない。
そんな期待を込めて、千里眼の持ち主に問うた。
しかし、アンネは眉の形を変えることなく首を振る。
「星は自らの意思で輝く。」
アリマにはその小さな声の意味が分からない。
「全然わからないってことね、成否すらも。」
意外な答えに、息をつくとアンネは言えないの。と言葉を返す。
「私が言葉にすることで、まだ定まっていない運命が決まってしまうこともあるから。」
「ふぅん、それで普段喋らないのね。」
――そう言う割に、人の頭の中ではずいぶんと喋ってるじゃない。
口から声に出すのと、念話で意思を伝えるのでは意味合いが違うのだろうかと、アリマは首を傾げた。
言霊という単語が頭に浮かぶ。
あまり、馴染みのない言葉がどうして脳裏を過ったのか。
部屋の隅の小さな丸い窓から外を覗くアンネの背中を眺めながらぼんやりと考え込んだ。