Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate
It's my life
Toya
8 January 3152
「ら、らしておぐねすぺらーんっつあ、ヴぉい...読めないよっ!」
門に書かれた文字を読もうとして、あたしはすぐに諦める。
知ってる文字だったから、読めるかな?って思ったんだけど、全然知らない単語で意味どころか、読めすらしなかった。
「たぶんね、凄く古い文字なんだよ。」
ジーコジーコという音を立てながら、無精髭の生えたお兄さんがカメラを弄っている。
フイルムを巻いているらしいのだけど、それがどういうことなのかはさっぱり分からなかった。
あたしたちの前に立ち塞がっている門の足元にはたくさんの人がいて、行列を作っている。
順番が来て、2人でその下を潜れるようになるのはまだまだ先になりそうだ。
あたしの背が高ければ、人の頭の上から辺りを見渡せたかもしれない。
でも、それはトヤーさんの身長がせめて倍くらいにならないと、実現できそうになかった。
知ってる人がいれば、肩車をねだろうと周囲の巨漢たちを見上げる。
顔を覗けば、強面の怖そうな男の人ばかりが目に入った。
視線を逸らそうとすると、顔を下に向けるしかない。
結局、この一見無害そうなカメラのお兄さんとお話しするのが一番安心できた。
「翡翠色の服を着た人がいっぱいいたから、一人くらい知り合いいるかな。って思ったけど全然いないもんだね。」
行列がノロノロでも進んでいれば気にならなかったかもしれない。
でも、実際には座り込んでしまっても全く支障がないほど、歩みはノロかった。
トヤーは周囲に聳える壁を無視して、その場に座り込む。
無精ひげのお兄さんはそんなあたしにレンズを向けて、パシャ。と音を立てた。
──奥さんに容量を使えばいいのに。
またフイルムを巻く音を立て続ける彼の方を見る。
そんなに簡単にはパンクしたりしないだろうけれど、カメラの容量は無限じゃない。
精緻な写真が撮れるほど、撮れる枚数が減るのはあたしでも知っていた。
「奥さんの写真見せてよ。」
「これは現像しないと見れないやつなんだ。」
興味本位で声をかけると彼はカメラの裏を見せながら、そんな説明してくれる。
ゲンゾウという言葉の意味は分からないけれど、要するに彼はあたしの暇つぶしにはならないってことだ。
髪の長い、胸の大きな美人の奥さんがいるとか言ってたけれど、
──そんな人がいるのなら、どうして一緒に連れてこなかったのさ。
口に出そうとして、自分も一人だったことを思い出す。
ゾリグがいればこんな行列はいくらでも待てた。
でも、彼はあたしの側にはいない。
「はぁ、あたしここで何を待ってるんだろ?」
そもそも、どうやってここに来たのかすらもわからないでここにいる。
「あの門を潜るのを待ってるのさ。」
「潜ると何があるのさ。」
「俺も知らないよ。」
あまりに彼との会話がつまらなくて、地面に身を投げ出す。
「ゾリグぅ、レンタカーでいいから迎えに来てよぉ。」
どこにいるのかわからない恋人の名前を呼ぶ。
そんなあたしの上からシャッターがまた光る。
「ふぅん、君の彼氏はゾリグって言うんだね。僕の友達にも同じ名前のやつがいるよ。」
今までにないペースでジコジコ音が連続し、再びシャッターの音がした。
慌てて捲れ上がった服の裾を下げて、身体の露わになった部分を隠す。
間違いなく、無防備なお腹も、胸の膨らみの下の丸い部分もしっかりとレンズで撮られたに違いない。
「同じ飛行機のパイロットしてたんだけどさ、あんまりに命令違反を繰り返すから一緒に 来れなかったんだよ。」
笑いながら話す彼をひと睨みしてから、顔を下に向けた。
さっきから下ばっかり向いている自分が嫌で胸の下から悲しさが込み上がってくる。
そんなあたしに、声のトーンを下げてカメラ男は囁いた。
「ちょっと一緒に列を抜けてみないか。」
まるでナンパのような誘いに、咄嗟に警戒を示したあたしに彼は背後を見るように促す。
イタズラを思いついた少年のような表情の視線の先を追うと、そこには人よりもはるかに大きなサイズの巨像が立っていた。
「メック?」
小声で呟いたあたしに彼は頷く。
「ここは人間しかいないと思ってたけど、人以外が居るなんて珍しいじゃない。」
ちょうど、人間を撮るのに飽きてきたんだ。そう言ってカメラを持ち上げる男を見て、あたしは彼の意図に納得した。
立ち上がって、さっさとそちらに足踏み出す。
鳥のような脚の形のシルエットに見覚えがあって正直少しだけ、興味があった。
こっそりと人や物の陰に隠れて、巨影に近づいたあたしは目を開く。
──Jenner IICじゃん?
見覚えがあるどころか、かつての乗機と同型のメックを前にして驚きの声を上げそうになった。
それが黒い鎖に繋がれて、立った姿勢のままに引きずられている。
「へぇ、ひょっとして君ってメックのパイロット?」
あたしのことを指差しながら、カメラ男が訊ねてくる。
気がつけば、あたしの肌の下に淡い緑色の線が光っていた。
「うん、そうだけど。」
こんなに光ったっけな?そう不思議に思いながら、意識を目の前のメックに向ける。
ゴトッ、と音を立てて目の前の巨大な脚が持ち上がった。
そのまま脚を前に進める。
「起動できるじゃん。」
そう気が付いた次の瞬間に頭の中を聞き慣れたシステムメッセージが駆け抜けた。
2つの視界と感触が身体の中で徐々に重なる。
──門とは逆の方向に走るといい。川があるから、それを越えて行けば君は帰れるよ。たぶんね。
頭の中でカメラ男の声が聞こえた。
途端に全身を締め付ける鬱陶しい鎖の感触に煩わしさを覚える。
「フルコンタクトっ」
武装システムがオンラインになると同時にあたしはそう口にして、全身に力を込めた。
身体の周りで重い鎖の爆ぜる音と、背中の短距離ミサイルランチャーの発射音を同時に耳を叩く。
足元で鎖を引いていた黒い陰を蹴散らせば蹴散らすほど、機械の駆動音を辺りに響き渡る。
姿勢を下げて、近くの地面に立ち尽くしていた自分の身体の側にコクピットを降ろした。
夢遊病のように操縦席に座る自身をベルトで固定して再び立ち上がる。
全身は程良く解れていた。懐かしい感触に身を震わせてから、再び核融合炉の咆哮を上げる。
辺りを見回すと、門の周りにあれだけいた人の影が視覚センサー越しには見えなくなっていた。さっきまで一緒にいたはずの彼の姿も目に入らない。
「ありがとう!」
虚空にそう叫んで、大地を蹴る。
彼からの応答は何もなかったけれど、そんなことを気にしている暇はない。
周囲に不穏な気配を感じて、ジャンプジェットを吹かし、胴体を宙に舞わせた。
目に見えない何かを躱した感触だけを信じて、着地の衝撃を足に感じる。
そのまま門を背にして、真っ直ぐに走り始めた。
追っ手のくる気配は関係ない。ただ、時速100マイルでは満たされなかった。
見えない何かへの恐怖を祓うかのように痺れのような最高速度への欲求が背骨の辺りを駆け抜ける。
火器管制システムの火を落として、全ての力を脚だけに集中した。
跳ぶのは、後ろからの気配を察して目に見えない指先から逃れる時だけ。
何もない風景が続くのも気にせずにメックから伝わってくる欲望のままにひたすらに脚を前に運び続ける。
やがて、彼の言う通りに大きな河が視界の先に広がった。
河の先に何があるのかも、誰が居るのかもわからない。
頼りは、知らない男の「帰れる」の言葉だけだ。
河の向こう岸は見えない。それでも、自分の脚は止めない。
あたしはさっきみたいに上を向いて生きていけないのは嫌だった。
より強く地面を踏み締める。
顎を引いて、上を向く。
「これがあたしだッ!」
そう大声で叫んで、勢いのままに宙に赤く熱した胴体を投げ出した。