Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Aurora class Dropship , Walk
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
8 January 3152
「ヌル?ヌルーっ?」
エノリは暗い艦内で叫ぶ。
闇に眼が慣れても、ぐちゃぐちゃに潰れた通路の中では何も見通すことはできなかった。
メック戦士がコクピットにも乗らずにただ宇宙で死ぬのは屈辱だと言われるかもしれない。
だが、彼女たちが乗るべきメックはとうの昔に宇宙の藻屑と消えていた。
この艦隊の3番艦はこの広大な宇宙のどこかで彼女たちの乗機を抱えたまま、どこかを彷徨っている。
本来であれば、この艦隊は3隻の降下船と4機のメック、4機の気圏戦闘機を伴って地球に向かうはずだった。
メックを降下船ごと同時にに失った時に本国からの訴追を恐れたこの艦隊は、逃走を選んでしまう。
それ以来、永遠にどこかの星系や船団を襲って物資を奪う、海賊のような日々を送っていた。
「マーク、エレナーっ、マイーっ?」
仲間はもう2人、エリスとデメトリウスがこの船の左舷側にいる。
でも、彼らと彼女の間には分厚い隔壁が道も声も塞いでいた。
船体の上部から激しい火花が噴き出て艦内を照らす。
船の外からの音は聞こえない。しかし、抵抗の術をほとんど失った艦体を敵が見逃してくれるとは思えなかった。
今なら、敵の気圏戦闘機は安全にこの船体の上部にある銃座を焼き払える。
無事な階段を見つけて、壁に備え付けられた手すりを伝って上部の階層を伺う。
頭に金属の感触を突き付けられ、一瞬だけ心臓が止まりそうになる。
「エノリっ。」
すぐに銃口の感覚は離れ、腕を引かれて身体を抱き起こされて懐かしい感触が唇を覆う。
抵抗できないようにと腕ごと抱かれていたので、しばらくの間は彼女の思うままに身を委ねる。
でも、彼女の舌が封を破ろうとしたところで、いよいよ首を振って抵抗をした。
「ヌル、今はそれどころじゃないでしょう?」
「ボクは、君の無事を喜んだだけだよ。」
腕が振りほどかれてしまったのがさも不満だというように、ヌルは黒いショートヘアを掻き上げる。
「ブリッジは全滅、右舷も左舷もモジュラーベイは圧壊。ボク達の再会は奇跡みたいなものだと思うよ。」
そう言いながら、彼女は宙に浮かんでいた自分のヘルメットを手に取って被り直す。
「君も再会が嬉しくて、最初は抵抗しなかったんだろう?」
「憎たらしい。」
エノリを振り返りながら、流し目を送るヌルに精一杯の言い返しをする。
──そうよ。
こんな地獄のような光景の中でなければ唇だって許さなかったはずだ。
「さて、どうにかしてここを生き延びなきゃ。」
「どうするの?」
右舷側のモジュラーベイはほとんど引きちぎれてしまっていて、接合部から中に入ることは難しい。
嘆息するヌルの視線の先には左舷側の通路に続く隔壁が立ち塞がっている。
「ボクはこの隔壁の向こうの方がどうにかなると思うんだよね。」
装甲を破片で切り裂かれているとは言え、大質量で轢き潰された右舷側よりはマシな状態のはずだ。
色々なものが形を残しているとすれば、左舷側だろう。
問題は電源だ。
ヌルも同じ問題に突き当たったのだろう。
壁のパネルは表のスイッチ盤を外されて、裏の配線が引きずり出されていた。
「私たち...」
どうなるのかな?とヌルに尋ねようとした口を突然手で塞がれる。
コンコンと隔壁が向こう側から叩かれている音がした。
──左舷側で誰かが生き残っている?
喜びの声を出そうとしたエノリの口をヌルは更に強く塞ぐ。
隔壁の向こうからの音はやがて何かをぶつけるような衝撃音に変わる。
だが、それもやがて鎮まってしまう。
──どうして、声を出してはいけないの?
エノリはヌルの表情を伺う。
ヌルは隔壁の方から視線を放さないまま、右手に光線銃を構える。
左手で強く抱きしめられたまま、エノリはヌルの腰に手を添えた。
突然、隔壁の中央から大きな破砕音と共に重い金属の扉がヒビ割れるように左右に開き始める。
巨大な金色に輝く巨大な腕甲が、轟音と青白い火花を散らしながら重厚な扉を押し広げていた。
金色の間に挟まれるように顕れた侵入者の姿を見るなり、ヌルは光線銃の引き金を連続して引く。
翡翠色のパイロットスーツはエノリにも見覚えのないものだった。
だが、人を容易に焼き払うはずの熱線は黄金の手の平によってあっさりと弾かれてしまう。
翡翠色の侵入者は腕甲から腕を引き抜くと大型のハンドキャノンのような拳銃をヌルに向ける。
そして、容赦なく引き金を引いた。
「ヌルっ、ヌル?」
突然、消えてしまった自分の体を包んでいた彼女の腕の感触に首を左右に振る。
ヌルの身体は拳銃の弾の衝撃でエノリの腕の中から飛び出して、近くの壁に叩きつけられていた。
「ヌルっ、お願い返事をしてっ?」
叫び声をあげて、宙を漂う彼女の身体の方に向けて床を蹴る。
完全に圧壊した隔壁の向こうから、翡翠色のエレメンタルバトルアーマーが何体も通路に入ってきていたが、そんなものは気にならない。
ただ、仲間の様子の方が大事だった。
彼女の身体を揺さぶっても反応はない。
「人殺しっ!」
自分の今までの所業を棚に上げて、侵入者をにらみつける。
エノリは戦争とはこういうものであることも、自分たちが戦争の対象ですらないことも理解していた。
それでも、そうとでも言わなければ死んでも死にきれない。
目から溢れ出た涙が、宙を飛んでふよふよと漂う。
ヌルを撃った男はそれを見て嘆息した。
拳銃を手に持ったまま、エノリに歩みよってくる。
靴の磁石が床を噛む音がやたらと大きく聞こえた。
──ヌル、今、私もあなたと同じ所に...。
目を瞑り、男が手を下すのを待つ。
ガチャリと撃鉄が持ち上がって、シリンダーが回転する音を瞼の向こうから感じる。
硝煙の匂いと共に固い音がエノリの近くの床を叩く。
「軟質の植物樹脂の弾丸だ。手当をしてやれ。」
短く、それだけを伝えると男はエノリの前から離れた。
下の階層へ繋がる階段を見つけると迷いもせずに飛び降りていく。
その姿を黙って見送ると、エノリはヌルのヘルメットを引きはがして彼女の様子を確かめる。
彼女の口に自分の頭を近づけると、彼女の吐息が自分のまつ毛を揺らした。