Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Nearby Nadir JumpPoint Space
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
8 January 3152
「ヘイゼン様と共に参りたいと思います。」
自分たちは口にすることを禁じられていた名を口にされて、ボルドは困惑したまま、彼女を思うままにさせてしまった。
少し考えればわかるが、その判断は明らかに間違っている。
彼女は捕虜で、彼は彼女を連行する側だった。
彼女を生かすのも、殺すのも彼らの自由であるはず。
指示に従わないのであれば、その場で無力化するべきであった。
彼の生存は、知られてはならない。
ここで彼らを率いている男は、本来は人の目に触れる場所にいるはずがないのだ。
そんな事情を知らない彼女は透き通った声で、何度も力強く彼を呼ぶ。
「ねぇ、あの彼はエレナにいったい何をしたんだい?」
ボルドの片手に抱えられているヌルが、装甲ごしに問いかけてくる。
――それは、私の方が聞きたい。
答えを持ち合わせていなかったボルドは、その答えに窮した。
仕方がなく、彼女を発見した時の状況を告げる。
「彼が蘇生活動をなさいました。発見した時、彼女は呼吸が止まっていましたので。」
彼女のパイロットスーツが、大きく縦に裂けているのは、彼女にその処置を行ったためだ。
彼女は胸部の圧迫と息の吹き込みを受けて、息を吹き返している。
ボルドの短い言葉に、ヌルは首を傾げた。
「それで、...なんでああなってしまったんだい?」
「人の心の機微は私にはわかりかねます。」
面白味のない男だと呆れられてしまったのか、ヌルはそれ以上の問いかけをしなくなる。
静寂を取り戻したボルドは彼女を抱えたまま、赤い降下船のベイに向けて進路を調整した。
目覚めた娘が、どこで変化したのかはわからない。
目を開いた彼女は大きく咳き込むと、彼の肩に手を回して、「どうか、ご慈悲を。」と、弱々しい願いを口にする。
それを男の後ろで聞いていたボルドは、すぐにその言葉を殺して欲しい。と懇願しているのだと理解した。
しかし、彼が勝手に捕虜に手を下すことはできない。
彼女を最初に発見したのは、彼らを率いていた男であり、彼女はその男の捕虜だった。
黙って男の命令を待っていたボルドに、彼は短くいくつかの指示を出す。
それは執行人と彼女が2人だけにするための方便だと、そう理解したボルドは静かに命令に従った。
しばらくしてエレナという娘と再会すると、彼女はすっかりと表情を変えていた。
青白く幽鬼のようだった肌には赤みが差して、水を失っていた肌は潤い艶を取り戻している。
死を目前にしていた表情には血の色が蘇り、口はまるでそれが希望であるかのように彼の名を唱えていた。
ボルドが彼の元を離れた時間は1時間足らず。
その間に何が起こったのか、ボルドには説明されない。
――生きる意思を失った戦士は、ただの足手まとい。
弱者には死を齎すのが、彼の知る常識。
わざわざ、戦士の魂を呼び戻して、士気や戦意を回復するような技術は氏族の教えにはない。
目の前の出来事は、それを完全に覆している。
どんなにヌルから疑いの眼差しを浴びせられても、ボルドは彼女に答えを返せなかった。
あの場で何が起きたのか、ボルドには本当に何も知りようがないのだ。
互いに沈黙したまま、2人はユニオン級の降下船の床を踏む。
装甲同士をぶつけ合うような戦闘すれば、この船もさすがに無傷とはいかない。
船の周囲には船外作業服に身を包んだ整備兵が何人か、点検のために船殻の周囲を漂っている。
「それではヌル様、我らの母船の艦橋へご同行をお願いいたします。」
オーロラ級降下船の中で、メックは一機も見つからなかった。
それでも、彼女は血名を持った戦士だと聞いている。
ごく自然な扱いをしたはずだったが、女戦士は驚きの表情を浮かべた。
ボルドはアーマーの中で首を傾げる。
やはり、彼には人の心の機微は理解ができなかった。