Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Medical Sect
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
8 January 3152
「ふぅん、ほぉほぉ。」
マリオが興奮したように鼻を鳴らす。
薬棚の様子を確かめるようにぐるりと見渡して、中の瓶の表面を確かめた。
「あの衝撃で、割れるどころか傷一つないとは驚きだ。」
感嘆と賞賛の声を白い寝台の上の母親に送る。
シタも壁の固定具に接続した銀色のストレッチャーとその上で眠るトヤーの着衣を直したところだった。
「ね?ここが一番安全だったでしょ?」
マリオの歓声を聞いたアリマがなぜか胸を張る。
ストレッチャーと共に手術室から飛び出したマリオとシタをこの病室に誘ったのは確かに彼女だ。
廊下の先から衝撃音が聞こえたのは、2人がストレッチャーを壁に固定した後だったが、それでもこれは彼女の功績ではない。
「手術室の機材も無事でした。」
「それはなおのこと、素晴らしい。」
周囲の部屋の状態を確かめに行ったペトロワが部屋に戻ってくる。
降下船のほぼ中間の階層にあるこの部屋を中心として、不可思議な力がどの範囲まで及んだのかについてはシタはわからない。
だが、柔らかな声で娘をあやしている彼女の存在が、いかにこの世界の為政者にとって心臓に悪いものなのかを改めて知る機会となった。
「バーユ、バユーシキ、バーユ」
小さな手で母の顔を触る赤子に歌声で返事をする光景を見ていると、到底彼女が世界の常識を揺るがす力の根源だとは信じられない。
それでも、この白い衣の聖女のような母親は体当たりというこの船が行った蛮行の衝撃から、薬瓶や器材を守ったのだった。
おやすみ、私の血を分けた子よ。と歌いかける彼女の声に部屋の中にいる人間は聞き惚れる。
シタはこの声が自分に向けられたものではないと知りつつ、少しでも油断をすればこの歌声によって睡魔に呑まれそうな恐怖を感じていた。
「それで、お姫様は無事なの?」
アリマは無遠慮に金属色のストレッチャーの上に載る少女を親指で指さす。
シタは少し沈黙した後に、正直な言葉を口にした。
「...全くわかりません。」
心臓は動きを続けている。
手術室の中でのように、何度も止まるようなことは起こっていない。
しかし、血を流しすぎたかもしれなかった。
心臓が止まっている時間が長すぎたかもしれない。
脳がその時間に耐えられた確証はなかった。
命あってこそ、とは言え、意識のない状態を生きている。と答えるのには、シタは抵抗がある。
~ お!
長い夜、秋の夜、昏い夜、月もない夜。
お!
想いに沈む乙女よ、
森のように あ! 悩む人よ。
お!
かたい家の、この掟。
抗う力なし。
お!
長い夜、秋の夜、昏い夜、月もない夜。 ~
目を開けて、不思議そうな表情で母を眺める我が子に、短いゆっくりとした唄を唄うアンネの声が聞こえた。
その歌の意味を考えても、救いが訪れるわけではない。
でも、どういうわけか、その場の全員が、唄う母の声を聴いていた。
自分に集まる視線にアンネが微笑みを返す。
彼女の手の動きに操られるかのように、シタは病室の入り口の方を見る。
その更に遠くの方から、エレベーターの停まる音が聞こえた。