Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Medical Sect
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
8 January 3152
ヌルは困惑している。
この船の格納庫を通り抜けて、通路を歩いてここまで来た。
壊滅して、廃墟と化した彼女達のオーロラ級と比較するとこの船の状態は良好な状態を保っている。
最低限の用具以外は出ておらず、壁にも柱にも歪みはない。重機は正常に稼働していて、何人もの整備士がそこかしこを行き来している。
戦場で男の方が多いのは世の常ではあるが、この部隊には女の整備士も女のパイロットもいるようだった。
気圏戦闘機の格納庫を抜けた時に格納庫の傍で義手と義足をつけた女パイロットが麺類を美味そうに啜っていたのにヌルは動揺を隠せないでいる。
義肢になのか、麺類になのか、それとも彼女が無防備に食事をしていたことに対してなのか。
ヌルは彼女の常識が既に危機に晒されていることをその時から感じていた。
昇降機に載せられた時にふと両手を頭の後ろに回した時に気がつく。
彼女は今や拘束されていない。
光線銃こそ取り上げられていたが、手枷も足枷もなく自由になっていた。
何か悪意を抱く間もなく、昇降機の扉が開いて、ヌルは足を踏み出す。
「ヌル様、我々の目的地はこの階では...」
バトルアーマー兵の言葉は耳に入っていたが、彼女の心は他の音にとらわれていた。
されど、其方の父は古き強者。戦が彼を鍛え上げている。
歌声に導かれるように、その源に向けて歩みを始める。
彼女は、軍用艦の中を歩いているはずだった。この行為がいかに命取りな行為なのかは承知している。しかし、ヌルにはこの先に行かねばならないと直観していた。
金属色の通路から、歌に満ちた空間に入ると旋律の主が目に入る。
白銀の寝台の後ろに赤子を抱く白い衣の女性が立っていた。
宗教画のような構図を前に脚が竦み上がる。
氏族には宗教という概念はない。
実際、ヌルは今までに中心領域で見た偶像や絵画に価値を感じたことはない。
しかし、目の前に拡がる光景には自然と膝が落ちる。畏怖という言葉を現実にあることを
祈りの捧げ方は知らなかった。
「ねんねん、おころりよ〜。」
歌が終わりを迎え、子供は小さな白い寝台に寝かされる。
ヌルは唾を飲み込む。
旋律が終わってしまうのが嫌で、立ち上がる。
すぐに、後ろで控えていたバトルアーマー兵が彼女の肩に手をかけた。
「良いのです、ボルド。」
白い衣の女性の声がすぐに彼を制止する。
歌声と同じ声が翡翠の鎧を纏う戦士の体を退ける様子にヌルは背が震えた。
勇気を振り絞って、足を前に進める。
ふと、手前の白銀の寝台に目を落とすと年若い少女がそこに横たわっていることに気がついた。
静かな寝息を立てて、安らかな表情で眠っている。
――彼女は赤子ではありません。
ヌルは白衣の女性と寝台を挟んで、対面していた。
彼女の衣が照明の光を反射しているわけではない。それにも関わらず、彼女が背に抱く光が眩くて視線を上げることが出来なかった。
俯いて、寝台に眠る少女の表情を眺めた。
――彼女の目覚めに協力していただけますか?
「ボクが?」
頭の中に響く声に口から音を出して問いを返す。
自分がおかしなことをしている自覚はある。
それを論理的に説明をするのは無理だったが、ヌルは間違いなく目の前の白衣の彼女と対話をしていた。
どう協力しろ、とは彼女は伝えてくれない。
静かな眼差しだけが、ヌルの頭上に降りかかる。
彼女を目覚めさせる方法はヌルに委ねられていた。
それを実現させる方法はどうしてか、たった1つしか思いつかない。
もし、それが正解なのだとしたら、ヌルはこの場に誘われた理由に納得ができた。
「この船でも、ボクは王子様役ってわけだ。」
ヌルは寝台に眠る少女の顔に自分の顔を近づけて、そのまま唇を重ねる。
少女の口が薄く開くのを確かめて、小さく呼びかけた。
「オドン、ボクだよ。お姉ちゃんだよ。」
そう囁きかけて、もう一度深く唇を重ねる。
スルスルと少女の舌が自分の口の中に入っていて来るのを確かめて、ヌルはそれを吸ってその意思に応えた。