Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Bay2
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
9 January 3152
「なんで、トヤーに会えないんだ?」
「だから、申し上げてます通り、トヤーは傷口がまだ十分に癒えてはおりません。」
ゾリグはサチコの説明に眉を顰めた。
傷口が塞がっていないことと、トヤーに会えないことがどうして関係があるのか?
「傷口が開いてしまったら、大変なことになりますし、何よりトヤーが苦しみます。姉としてそれは黙っていられません!」
「だから、なんで俺がトヤーと会うと傷口が開くんだよ!」
ゾリグは苛立ちを隠せずにほとんど怒鳴った。
「オドントヤーの姉であるボクを呼んだかい?」
「あ?誰だお前?」
突然、現れた黒髪のショートヘアの少女に不審の目を向ける。
どうして、ただパートナーに会いたいだけなのにこうも邪魔が入るのか。
早く彼女の無事な姿をこの目で確かめたかった。
「ちょうど良かったのではないでしょうか、ゾリグ様。トヤーのお姉様のウーリントヤ様です。」
サチコが少し複雑そうな表情で彼女を紹介してくれる。
帰還に手間取っているうちに、母艦では色々なことが起こったのであろうことをゾリグは理解した。
想像以上の惨劇となったタンク投下の影響から逃れるために減速できずに巨大な弧を描いて、帰還しなければならなくなった責任はゾリグ自身にある。
「みんなはボクをナンバー0、ヌルと呼ぶからそっちの方が親しみがあるけどね。ところで、キミはボクの妹とはどんな関係なのかな?」
世の中には名乗りの長い人間がいる。内容が伴っていることはほとんどない。大抵は聞く価値もないことを考えれば、このくらいの長さはちょうど良いのだろう。
ゾリグは短く済ませる。
「ゾリグ、Visigothのパイロットだ。」
「ゾリグ様、ウーリントヤ様はトヤーとの関係を訊ねておられます。きちんと恋仲であると答えてください、トヤーが可哀想です。」
横から入った叱責に思わず咳き込む。
睨みつけるようにヌルの姿を上から下まで視線だけで確かめている途中だったので、完全に不意を打たれてしまった。
「ふ、ふぅん。トヤーには男の恋人がいるんだね。」
どこか戸惑ったような反応をヌルは返す。
何かに動揺しているのか、視線が宙を泳いでいるようにも見えた。
「ちょうど良いと申し上げたのはトヤーについてです。お二人にはお話ししておきたいことがあります。」
妙な空気を断ち切って、サチコが話を進める。
ゾリグは気圧されて、居住まいを正した。
「ゾリグ様、ウーリントヤ様。トヤーはどこまでかは分かりませんが、一定以上過去の記憶を覚えておりません。」
ゾリグはサチコの言葉には驚かない。トヤーには5年以上前の記憶はないことは彼も承知している。
「だから、ウーリントヤ様。トヤーは自分がオドントヤーという名前であることも、13人の姉妹がいたことも覚えてはおりません。」
続くサチコの言葉には、ヌルは衝撃を受けたようだ。
ペトロワの話が正しいのなら、トヤーの姉妹は14人のうち、12人は明確に死んでいる。ヌルとトヤーは書類上は廃棄となっていた残りの2人なのだ。
奇跡的な再会を遂げたにも関わらず、片方に記憶が無いとなれば、ガッカリする気持ちもわからなくはない。
「お気の毒さま。」
ゾリグのかけた声で表情を翳らせて、何も言わなくなってしまったところを見ると、ヌルはもう既にトヤーと会ってるのかもしれない。
心当たりのある表情を浮かべているヌルにゾリグは余裕の言葉をかけた。
「ゾリグ様、他人事ではございません。」
サチコがピシャリとした言葉でゾリグを戒める。
「トヤーはひょっとしたらごく最近の記憶も覚束ないのかも知れません。」
目覚めた直後、トヤーはサチコ達を認識出来なかったのだ。あまりの絶望にトヤーを泣いて抱きしめるとようやくサチコの名前を思い出し、連鎖的にシャロンやペトロワの名前と顔、大事な4人の思い出を蘇らせる。
トヤーは目覚めたとは言え、そんな有り様なのだ。
「ゾリグ様、サチコはゾリグ様の戦場での勇猛さは存じております。」
サチコの丁寧な前置きにゾリグは嫌な予感を募らせる。ゾリグの半分程度の年月しか人生を歩んでいないはずなのに、彼女の言葉はいつも重い。
「でも、同様にそれ以外の場面ではナメクジ以下の勇気しかお持ちでないことも存じております。」
抜き身の短刀のような少女の言葉にゾリグは言葉を詰まらせて、何も言えなくなる。
度胸という言葉はサチコのためにあるような言葉だ。ツナギの内側に常に自決用の仕込みを忍ばせている彼女のそれは凄まじい。
「ゾリグ様。私たちは恐ろしくて、トヤーがゾリグ様のことを覚えているかどうかを確かめておりませぬ。」
サチコは目を開いて、上目遣いでゾリグの表情を確かめるように首を傾げて尋ねてくる。
「それでも、お会いになられますか?」
思わず、サチコの視線から逃げるように顔を背けてしまう。
だが、黒髪の少女が彼の様子に落胆して嘆息する前に口を開く。
「行くさ。俺が確かめないで、誰が確かめるんだよ。」
サチコに向き直ると彼女の目は驚きに見開いていた。それを見て、ゾリグは自分がどれほどに彼女らの信頼を失っていたかを思い知る。
「ゾリグ様。サチコはご武運をお祈りするしか出来ません。でも、一つだけお約束ください。」
サチコにはもうゾリグを引き留める意思はない。逆に付き添う意思も無さそうだ。無粋を嫌う彼女らしい決断だ。
「今日、トヤーと致すのだけはご自制ください。」
ゾリグはそれを聞くと再び激しく咳き込む。
なぜ、彼女が最初にトヤーの手術跡を理由に執拗に彼を引き留めたのか、ようやくその理由をゾリグは理解した。