Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Medical Sect
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
9 January 3152
「まず、地獄というものは昔の人が考えたおとぎ話なのよ。」
アンネの言葉にゾリグとトヤーは目を丸くした。
この船に乗り込んでいる人間の中で彼女ほど、この言葉に本来の意味を持たせられない人間はいないだろう。
てっきり、冥界への死の旅路の講義でも始まるのかと思っていたが、彼女はそれをすべて否定した。
――おとぎ話の魔女のような女にそう言われてもな。
超常の力を操り、未来を見通す霊薬の使い手。
氏族の科学者が彼女の存在を聞けば裸足で逃げていくだろう。
32世紀の科学でも解明のできないこの世の神秘にそう言われても、どう受け取ればいいのかゾリグには判断ができなかった。
ゾリグがトヤーの見た夢の話を詳しく聞いていると、その内容を隣の寝台で寝ていたはずのアンネが解説してくれる。
トヤーは一度死線を彷徨って、魂は地獄の門の前まで旅立つ。
だが、そこは大量の死者の魂が渋滞を起こしていた。
たまたまそこにいたサリーナの魂と邂逅したトヤーの魂は彼の導きで現世に帰還を果たした。
トヤーの記憶が作り出した幻想だとアンネは言うが、それはおかしい。
地球で戦死したサリーナの名は、皆、口にするのを避けている。
ゾリグもサリーナの話をトヤーにしたことはなかった。
彼の妻だったツェレンも、その話はなおさらしたがらないだろう。
サリーナの霊魂と夢で出会ったというトヤーの話はもはや火薬庫のようなものだ。
ゾリグは夢の話についてはトヤーに固く口止めをする。
霊魂の存在についてはアンネは否定をしない。
こんな話はとてもではないが、ツェレンには聞かせられなかった。
「サリーナには勝てねぇな。」
ゾリグは小声で天井を仰ぐ。
もし、トヤーの話が現実だとすれば、彼の魂は未だにゾリグとツェレンを見守っているということになる。
肉体を失ってなお、サリーナが彼らの人生に影響を与え続けているのなら、それはもうおとぎ話の世界の話だ。
沈黙を破るように、目を覚ましたアンネの娘が泣き声をあげる。
慌てて彼女を抱き上げた母親は赤子の要求のままにその場で乳を与え始めた。
白い膨らみに埋もれながら、一生懸命に口を動かす小さな命をゾリグは静かに眺める。
命も魂もゾリグにはわからない世界の話だった。
顔の向きを戻してトヤーの表情を窺う。
――俺が父親ってどう思う?
そう、口にしようと思ったゾリグは彼女の怒りに満ちた形相に言葉を失った。
「ゾリグのエッチ、バカ、変態っ!」
突然の連続の罵倒を聞いて、ハッと気が付く。
身を翻す間もなく、トヤーの渾身のかかとがゾリグの股間を目掛けて一直線に振り下ろされた。