※この作品はR-18です。

Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants   作:Sykyu

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Ep.25_02

Union class Dropship , Bay3

BlueHole System, Nadir JumpPoint

Jade Falcon

12 January 3152

 

 《さくらちり あるじなくして たつおかの

       いだくあらなみ にしへこそゆけ》

 

 休憩室の横にある棚の一番下の大きな鍵のかかる引き出し。

 ここはオスクがサチコの為に特別に用意をしてくれた貴重な品を仕舞う為の場所だ。

 間違っても邪な心を抱くような輩の手に渡ってはならないものが丁寧に収められている。

 

 サチコは短く歌を詠むと、鍵を回してその封を解く。

 窪みに手をかけて、手を引くとすぐに目的の品が見つかった。

 二尺二寸五分半。布を捲ってそこに確かに白銀の刀身があることを確かめる。

 茎の上、2つ穿たれた目釘穴の更に上の方、そこには一文字だけ「一」の銘が打たれていた。

 波打つ刃紋は地金よりも明るい金属色の刃の部分を更に美しく見せている。

 

 宝刀、荒波。

 タテオカ家の祖先がテラを発つ遥か前に由来を持つ、玉鋼で造られた一振り。

 テラのどこかから発掘されたとも、太古の寺社から偶然発見されたとも伝えられていて、正確な由来は最早誰にもわからない。

 真贋すら疑わしくとも、サチコにとっては伝家の家宝。

 刀身の表面に浮いた小さな埃を見つけて、刃の部分をクロスで丹念に拭う。

 一重鎺と鶴の紋が描かれた鍔を通して、刀の茎の部分を柄に収め、木槌で目釘を打ち込む。

 黒い漆塗りの鞘を取り出すと、丁寧にその中に刀身を収めた。

 少し時間がかかってしまったが、刀を封を解くとはこういうものだった。適当に済ませたり、省いてしまうなど到底許されない。

 黄色いツナギの腰に巻いた紐に刀を差して、サチコは息を吐き出す。

 整備士の仲間達から見れば、この有事に何をしているのかと言われるだろう。

 だが、武家の娘が刀すら持たずに逃げだすなど、末代までの恥でしかない。

 機があるのであれば、女であろうと首級だって挙げる。

 タテオカの家名を背負っている以上、賊に背は向けられない。

 オスクの妻を名乗ったからには、彼の城を荒らす者は斬るしかなかった。

 

 サチコは休憩室の扉を開けて格納庫に戻る。

 そこに討つべき敵が待ち構えていた。

 視界を遮るもののない、鋼の荒野。

 

 刀の柄の根本は既にサチコの左手の内に収まっている。

 左の親指が鯉口を切った。

 刀を抜き放ち、左の足を前に踏み出す。目線の脇に鍔が来るように剣先を立てて、刃を正面に向ける。

 

 空気を震わせるような音が常に庫内で反射していた。

 対面の彼女の武器の名をサチコは知っている。

 クリタ家の武器にも高周波刀というものが存在していた。

 機械で刀身を震わせる、腑抜けた武器であることは承知している。

 

 サチコはスッ、スッとお互いの距離を詰めていく。

 相手は大振りの剣を左右に弧を描くように振り回している。

 振動剣は刃が相手に触れれば、肉も骨もそのまま断てる武器だ。

 わざわざ遠心力を刀身に乗せる必要はない。

 その動きを見るだけで、相手は技術と武器が合致していないことが判断できた。

 恐ろしい相手ではない。

 いたずらに苦しめるべき相手でもなかった。

 

 サチコの間合いは彼女の外観よりもはるかに長い。

 氏族の女が怯みもせずに近づいていく彼女を不思議そうに見ているうちに左の脚がそこに差し掛かった。

 腰を落として、立てていた刀身を水平にして切っ先を相手に向け、左の手で刀の峰を支える。

 

 サチコの様子に違和感を覚えたのか、相手が身構えた直そうと動く。

 その頃には、タテオカ家の宝刀は既に相手の目前に迫っていた。

 鋭い突きを慌てて横に躱した相手の身体を、更に横薙ぎの太刀で後を追う。

 切っ先が相手の右の二の腕を裂き、赤い線が宙を舞った。

 

 口から気を吐いて、サチコは上段からの斬撃を相手の頭の上に浴びせようとする。

 目を見開いた敵が手に持った武器を上に掲げて受けようとするので、途中で刀の軌道を変えて打点をずらす。

 大きな金属音と同時にサチコと敵の間に閃光と電撃が走った。

 機械仕掛けの剣の先端が宙を舞って、格納庫の床に突き刺さる。

 サチコの一撃は高周波の長剣だけではなく、女の右の乳房までをも抉っていた。

 エノリが痛みに負けて、血に塗れた胸を押さえる。

 敵の集中が逸れた瞬間を狙って、サチコは彼女が剣の柄を握っている方の腕を払った。

 あっさりと大きな音と共に機械仕掛けの剣が大地に落ちる。

 エノリの手はその握り手から、まだ離れていない。

 

 人というのは手が無くとも足が、そのどちらともをも失っても口で戦いを続けられる。

 サチコは再び平刺突の構えをとると、まだ無事な方の腕の肩を刀身で貫く。

 切っ先が骨を抉った感触を確かめてから、素早く引き抜いた。

 

 両腕が動かなくなったエノリはいよいよ手立てがなくなったのか、サチコが想像した通りに足元を狙って噛みつこうとしてくる。

「見苦しい。」

 嘲りの言葉を口にしながら、刀を逆手に持ち変えた。

 悲鳴をあげながらも床を這うエノリの背に刀身を突き立てれば、全ては終わる。

 そう思った。

 

 だが、それはオスクの望みとは違うことをサチコは知っている。

 深い嘆息の末に彼女はその刀身は彼女の腿に突き立てることにした。




ターニャの和歌講座

《桜散り 主人無くして 立つ丘の
    抱く荒波 西へこそ征け》

 古い万葉調の文法を使った一首です。
 「桜散り」「主無くして」で喪失を表して、「立つ丘の」で孤独な様を「抱く荒波」でこれからの立ち向かう困難と「西へこそ征け」でこれから行く先を示していると読めます。
 上の句で序詞として現状を描き、下の句でこれからのことを歌う構成で詠まれています。
 「桜散り」と「荒波」が季節を示す語となりますが、「桜散り」は4月頃、「荒波」は通常、冬の季語となります。「春濤」などの春の波は通常穏やかなものを意味することから、ここでの「荒波」は、状況の厳しさを、わざと冬の季語で表現しているのかもしれません。

 「立つ丘」はサチコさんの生家である「タテオカ家」の掛詞。また、「荒波」は彼女の持つ和刀の銘でもあります。
 上の句の桜の散華と主君の死を重ねているのは、定型的なよくあるモチーフです。
 下の句の「抱く荒波」の激しさと「西へこそゆけ」の仏教的な西方浄土への送念と係り結びが、この歌をよくある一首から、別のものに変えています。

 サチコさんが生まれ育ったドラコ連合から見ると、星図でいう「西」の方角はラサルハグ、ライラ共和国のある方向に当たります。宇宙空間で「西」とか「左」というのもおかしな話ですが、彼女は「西方」に落ち延びてこの地に至りました。
 「西方浄土」とは死後の世界のこと。生きては帰らない。死の覚悟。
 そんな悲壮な決意が、この歌には織り込まれています。
 そう考えると、上の句の「立つ丘」は「旅立つ丘」的な、新たな始まりを意味しているようにも感じることができます。
 サチコさんの詠む歌は、彼女の過去と現在、そして未来を指し示す、自己紹介のような役割を果たしているのです。
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