Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Walk
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
12 January 3152
エレベーターの扉が開いて、照明の落ちた通路がヌルの目の前に現れる。
辿り着いた階層を確かめて、首を振った。
――大した自信だね。
反乱者をわざわざ艦橋のある階層で迎撃しようという判断をする指揮官はなかなかいない。
あの老艦長のこの自信の源泉がどこにあるのか、ヌルは少しだけ興味を抱いた。
マイが失敗するはずがない。
今頃、彼女はこれからヌルの行く先の制圧を終えているはずだ。
メック戦士とエレメンタルの遺伝子を併せ持つ、彼女の身体能力はヌルを遥かに凌ぐ。
引き締まった筋肉と彼女のしなる身体は数打の筋肉達磨達とはわけが違う。
速度と力の双方を鉄の子宮は彼女に与えた。
そんなマイが、たかが2人の老人に負けるはずはない。
銃を片手に通路を先に進むヌルはその先に立ち塞がる気配に気が付く。
「参ったね、ちょうどボクは今、キミのことで頭が一杯だったんだ。」
手にしたオモチャをホルスターに収める。
彼女相手に、こんなものは役に立たない。
床を照らす赤い非常灯に照らされた彼女のシルエットはいつもヌルが見ていた背中と同じ形をしている。
今回、違っているのは彼女の視線がヌルの方を向いているということだ。
「どうして、ボクじゃダメだったんだい?」
お互いの間合いを詰めながら、問いかける。
一度静かに破局したはずの恋の終わりの再演をこんな形でやるとは想像もしていなかった。
その時の勝負はヌルが勝ったことになっている。
マイが己の信条すら折って、勝利を譲ってくれたのだ。
あれさえなければ、2人の関係はまだ続いていたに違いない。
「今までに私がお前に負けたことはない。」
ヌルの軽口をマイはあっさりと無視する。
口から紡がれる言葉はいつものように自信に満ちていて、わずかに鋭い。
「だが、コマンダードルジは私の心も肉体も負かした。今の私は全て彼のものだ。」
相手の感情すらも無視して、彼女は何一つ迷いのなくそう言い放った。
普段は化粧をしない彼女の唇に濃い紫色の紅が引かれている。
不退転の決意をした時にだけ、マイが外に見せる色だ。
油断なく放たれる視線の中の艶やかさに気が付く。
ヌルは今までに彼女からそんな視線を感じたことがない。
力こそが正義を作る。
氏族の教えを信奉する彼女がそんな表情を見せたことに驚いた。
彼女は今回のヌルの作戦の全てを知っている。
違う訓練場で育ち、年齢も彼女の方が2つ上だった。
だが、彼女はヌルの全てを知っている。
喜びも悲しみも、喪失も限界も。
彼女がヌルの前に立ち塞がったということは、この反乱が詰みであることを示している。
抵抗する意味はない。
だが、マイがヌルに降参を勧めるような言葉を吐くはずもなかった。
「はじめようか、ボクたちのケジメを。」
「もはや、問答無用。」
できる限り、ヌルは彼女の情を揺さぶりたかった。
だが、マイはそんな小細工には応じもしない。
膝を軽く曲げて、拳を顔の前で構えたヌルの目前を下から上へとマイの足先が軌跡を描く。
ヌルはそのまま振り下ろされる彼女の踵をなんとか躱す。
マイは床に手を置くと、美脚を振り上げてヌルの顔面を突くように蹴りを差し出してくる。
それを凌いでも、今度はヘリコプターのローターのように回る脚が横からヌルを叩いた。
視線を上下に揺さぶられながら、ヌルはいずれ来るはずの強烈な一撃に備える。
変幻自在な蹴りは全てフェイントやジャブだ。
獲物が疲れて、油断を見せれば途端に容赦のない一撃がその脚力で繰り出される。
足の動きに気を取られ過ぎれば、平手や手刀が顔面や頭部を狙う。マイの闘い方は、執拗に相手の頭部を狙っていると見せかける。
翻弄されてしまえば、彼女の思う壺。我慢して耐えても、それは同じこと。
抗わないわけにもいかず、ヌルは彼女の攻勢に抵抗をする。
だが、足を払っても、横に滑った足がそのままの勢いの蹴りとしてヌルに向けて放たれた。
下手に手を出せば、腕を掴まれてそこに膝を打ち込まれる。
組みついて、インファイトに持ち込まなければ勝ち筋はなかった。
だが、マイがヌルにそこまでの接近を許す様子もない。
時間をかければかけるほど、ヌル達にとっては状況の悪化となる。
だが、ヌルのパイロットスーツに縫い込まれた通信機がエノリの連続した悲鳴を彼女に届けた。
一瞬そちらに意識を取られた隙をマイが見逃すはずがない。
容赦のない健脚の連撃がヌルの顔面を何度も打ち付ける。
膝をついても、今度は同じ場所に膝が撃ち込まれた。
意識はまだはっきりとしている。
どうにも動かなくなった、身体はゆっくりと傾いていく。
ヌルの身体が床を打つ前に身をかがめたマイがその身を両腕で抱きとめる。
彼女は厳しい表情を崩さないままに、ヌルの顔にその顔を近づける。
紫色の唇から差し出された舌がヌルの唇を静かにこじ開けて、中の深いところまでを優しく撫でた。