Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Jail
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
12 January 3152
「ボクの処刑はいつだい?」
独房の簡易寝台に寝かされて、ペトロワに顔の傷を冷やされていたヌルが目を覚ますなり、そう訊いた。
ペトロワは彼女の質問に静かに首を振ると、それにはっきりと答える。
「ヌル様は処刑されません。マイ様が助命の嘆願をして、艦長がそれをお受け入れになったそうです。」
丁寧に答えた女整備士の言葉にヌルは驚きの表情を浮かべた。
そこには2つの驚きが含まれている。
この船が彼女の生を許したことと、あとはペトロワの言葉遣いについてだ。
「キミはボクにまだ様をつけるのだね。」
「私は幼い頃より、父にそう教わっているのです。戦士は常に尊敬をされるべきだと。」
勝っても負けてもそれは変わりません。という彼女の言葉をヌルは反芻でもしているかのように黙り込む。
オチルはヌルの独房の入り口を塞ぐように立っている。ヌルの位置からでは壁が邪魔をして、通路にいるアリマやその更に先の区画を仕切る門扉の守りを固めているマイの存在は伺うことができない。
少しの間の沈黙を置いて、ヌルが再び口を開く。
「ボクはエレナの様子を見た時に、この集団に染まることは更なる堕落だと思ったんだ。」
オチルもそこは彼女に同意する。あれは堕落などという生易しいものには思えない。
しかし、彼女の様子を観察しているとエレナはこのわずか数日で、身体的には健康体に近づいている。
儚げな壊れそうな彼女の魅力は残しつつも、生命の讃歌を振り撒くようになったエレナ。
オチルは彼女のその様子に、夫を失った直後のツェレンの姿を思い出していた。
「メックを喪ったボクたちが海賊に身をヤツした時もマイと喧嘩になったんだ。彼女は海賊になるなんて真っ平ごめんだって言ってね。その時の拒絶の審判は、結局マイが負けてくれたんだ。」
ヌルの表情はきっとその時を懐かしんでいるのだろう。腫れ上がった顔からでは、彼女がマイに勝利するイメージは湧かない。
マイの体躯の持つ迫力は、まるで身体のラインを隠す意図の感じられない、彼女のボディスーツ越しにも感じられた。
オチルの位置からだと、彼女の姿はその背中だけが目に入る。だが、そこに浮き出てた背筋や肩甲骨の模様は、まるで悲しむ妖魔のような表情だった。
「また、マイに同じように呆れられてしまう。あの時みたいに状況に流されるだけの判断はしたくなかったんだ。
今でもこのタイミング以外に叛旗を翻す時は無かったって思っている。だけど、負けてしまったね。」
ヌルの口調には、自らへの嘲りと落胆が籠っている。
例えマイがヌルの側にいても、彼女の反乱は成功しなかったとオチルですら思う。それでも、彼女はそうしなければならないほどに、仲間の急激な変化に怯えていた。
「キミ達の進む道が正しいことを、ボクはこの独房で祈ることにするよ。」
もう、何もできないことがわかったからね。そういうとヌルは寝返りを打って、壁の方を向いてしまう。
その背を見たペトロワが、そっとしてあげましょう。とオチルに囁く。小さく戦慄くヌルの肩を見て、彼女が何かの感情を堪えているのだと、彼も察した。
「ドルジの意図なんて誰も知らないでしょ。あたしだって知らないわよ。」
オチル達が独房を出ると、退屈そうに床に座り込んでいたアリマがボヤく。
あまりの姿勢の悪さに、ほとんど床に寝そべるような姿勢になっている。
「え?彼の目的は地球への帰還でしょう?」
何でアリマさんが知らないんです?と訊ねようとした。ドルジの頭脳役にはずの彼女が彼の意図を知らないことに驚く。
しかし、何か地雷を踏みそうな予感がして、慌ててオチルは言葉を謹んだ。
「ウルフとファルコンが相争って地球侵攻を行い。それ自体は成功してイルクランは成ったと聞きます。ファルコンは敗けました。でも、ドルジはウルフ氏族はそれ以上先のビジョンを持っていないと考えています。」
アンネを擁する彼のことだから、これは彼の考えと言うよりも、事実なのだろう。
ウルフは、世界を一つにする手段や策を持っていない。
また、氏族の地球への帰還とはどういうことなのかすら、イメージできていないのかもしれなかった。
「ドルジは帰還を、氏族文化からの脱出。我々が迎える最後のエクソダスだと信じています。」
地球から遠くの宇宙の果てでなく、かつての星間連盟の領域で、彼らが元あった姿に回帰する。
鉄の子宮から産まれる効率主義を捨てて、再び氏族は人の胎から産まれて、自由な意思で生き方を選び、そして死ぬのだ。
そうすれば、始祖たるアレクサンドル・ケレンスキーが始めたエクソダスから数百年、ようやく氏族の旅路をこの時代に終焉させられる。
そう言って、確認するようにアリマの方へ視線を向けても、彼女は首を傾げるばかり。
仕方なく、オチルは借りた言葉を続ける。
「これらは武力による帰還だけではなく、ゴーストベアー氏族が採ったように牙は残したまま徐々に中心領域に浸透、同化していく手段と併用すべきだったとドルジは考えていました。」
それはマルヴィナの残虐なドクトリンどころか、氏族の方針とも考えが異なった。
彼の思想は、氏族の戦士達には到底受け入れられない。
だからこそ、彼はテラへの行程の途中、ツォンシャンで置き去りにされる。
そこまで言うと、まだ開いている独房の扉の向こうに見える背にオチルは顔を向けた。
「なので、ヌルさんの懸念は正しいですが、ボクは今はドルジが正しいと信じています。」
自分の考えはちゃんと言わないと、未来永劫分かり合えることはない。ペトロワと一緒に過ごして、オチルはそれを学んだ。教わったと言うべきか。
ふと、目の前のアリマを見て、頭に浮かんだことも口にしてしまう。
「2人とも、そんなにお互いのことが好きならもう一度付き合っちゃえば良いと思うんですが、ダメなんでしょうか?」
別にドルジと肉体関係があったとしても、同性のパートナーと肉体関係を続けた女性はいる。
プリヤンカとアリマはその実例だし、アリマは更にドルマーとも同じような関係があった。
クリエフチで戦死したはずのドルジが、亡き後にも女性関係を拡大していること方が、よほど驚きに値する。そもそも、亡くなった後の遺体すら見つかっていない彼と、彼女達はどうやって関係を結んでいるのか。
オチルにはそれが不思議で仕方がなかった。
「オチル、そんなことを言ってはダメよ。人には人の事情があるの。私たちもそうでしょう?」
オチルの混乱をペトロワの窘めの言葉が治める。
彼女と同じ工具を取ろうとして、うっかりとオチルが彼女の手を握ってしまったのが二人の関係の始まりだ。
そんな関係の始まり方をしたのは、少なくともこの船の中ではオチルとペトロワ以外に事例がない。
「そうだねターニャ。これは僕らの視点からの意見だと思ってくれれば嬉しい。参考になることを祈るよ。」
マイの背中を見ながら、オチルはそう言葉を重ねる。
珍しく、オチルは自分の言いたいことを言い切った。
大事な部分は、全て亡きドルジの言葉だったが。
「なんで、あなたがそんなドルジのことを知ってるのよ?」
顔面が反転しそうなほどに首を傾げていたアリマが、ようやく不満に満ちた声をあげる。
「ターニャを好きになったときに僕も迷ったんだ。その時にドルジにアドバイスを聞いたのさ。むしろ、キミらいつも一緒にいるのに...どうしてそういう話をしないの?」
少し彼女を挑発するように、オチルは彼女の目の前でペトロワを背中から抱きしめて見せた。
その意図が伝わったのか、アリマはケッと言ってふてくされる。
「うっさいわね、ドルジの相手って大変なのよ!」
何の前触れもなく、彼女はいかに彼が彼女の肢体を容赦なく扱うかを語り始めた。
それを聞いたペトロワが、両手の人差し指を指し込んでオチルの耳の穴を塞ぐ。
そのせいで、彼にはアリマの声が何も聞こえない。
それを耳にしているペトロワの顔が、どんどん赤くなっていく。アリマはよっぽどの話をしているのだろう。
後ろからでもわかるほどに、マイの顔も赤くなっていた。
彼女もアリマと同じようなことを、ドルジと経験しているのか。とオチルは再び迷路の入り口に立つ。
「ところで不思議なのですが、マイ様がドルジ様の愛を受けられているということは、ドルジ様はご存命なのですね。」
彼の代わりに、ペトロワが謎の解を導き出した。オチルの困惑を解消する、唯一の解はそれしかない。
「何を言っているんだ。彼は我々のいた降下船に自ら乗り込んで来たではないか。」
マイは振り向くと、ドルジに負けたことを誇らしげに語った。
力ずくで抑え込まれて、抵抗の術を封じられた上で、肉体の底で眠っていた本能を無理矢理に開花させられる。
彼女は歩哨の役割を忠実にこなしながら、そんな短い話を口にした。
周囲を警戒するように左右に首を振る際に、必ず一瞬だけヌルの独房へ目を向ける。
――だから、我慢しなくて良いのに。
ヌルを独房の前まで抱いて来たのはマイだったのだから、独房の中に運び込むのだって彼女で良かったはずだ。
オチルはペトロワと顔を見合わせる。
アリマとマイの彼との交わりの話で有耶無耶にされたが、オチルとペトロワは今日まで本当にドルジの生存を知らなかった。