Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Bay3
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
12 January 3152
手に掴んだ踵を横に放る。
「そういや、俺んとこに身売りに来た時から、度胸だけはいっちょ前だったな。」
オスキャルは再びオーケの前に立ち塞がる様に立ち上がる。
レッドグリズリーには足しかねぇ。サービス業ってのはホスピタリティなんだよ。
と、言ってただの運送屋だったこの船に押しかけ女房のようにこの船に棲みついたのが、オーケの会社だった。
傭兵団とすら言えない、流浪の集団。
最初は、中心領域の技術しか持たない技術者の集団だったが、氏族技術をかじった何人かが知恵を寄せ合って氏族技術を使ったメックや兵器のメンテを請け負っていた。
ゴキブリが棲みついた。くらいの印象でいたが、その割にこの船の仕事は日々増えていく。
オーケは営業トークだけは見事だったようで、行先の同じ傭兵小隊の運送を3件同時に請け負ってきたこともあった。
やがて、引退後の道楽は商売になる。
ゴーストベアー、ファルコン、ヘルズホース氏族の領域を行き来し、稀にライラへの国境を越えた。
そして、3年ほど前にかつて宿敵だったドラコ共和国との国境を越える。
異郷の地に脚を踏み入れて、巨大な甲冑や黒衣の暗殺者の包囲の中に飛び込んだ。
そこから小さなお姫様を助け出して、星の海に舞い戻る。
氏族の領域に戻ってもなお、ISFの追撃を受けた。
レッドグリズリーはゴーストベアーの縄張りを抜けて、ヘルズホースの工廠で修理を受け、更にファルコンの領地まで逃走する。
こんなに楽しい冒険はこの男の口先無しでは有り得なかった。
「お前ぇには感謝しているんだ。」
オーケの脇を叩く蹴りが自分で思っていたよりも浅く入ってしまう。
――老いたな。
と素直に感じる。それでもこれだけはこの男に伝えなければならなかった。
「この感謝を伝えるには殴り合うしかねぇ、と常日頃から思っていた。」
「感謝の伝え方は契約金の賃上げでいいんだけどなぁ。」
オスキャルの乱暴に振るわれた拳をオーケが後ろに仰け反って躱す。
もう少し足が高くに上がれば、足先は顎を掠めていた。
「俺は氏族の生まれだ。金で感謝を伝える文化はねぇよ。」
片足を踏み込んで思いきり、オーケの足先を踏みつける。痛みのあまりオーケの顔が一瞬だけ、間の抜けた表情になる。
「氏族の人が素手で殴り合いしていいのかよ。」
食いしばった歯の擦れる音が聞こえたかと思うと、黄色い塊が真正面から突っ込んでくる。
「他の氏族は知らねぇ、だが俺達はゴーストベアーだ。」
当て身を両の手で受け止めて、彼の二の腕ごとオーケを掴み直す。この姿勢ならば、もうこの男を逃すことはない。
次の攻撃の想像がついたのか、オーケは驚きの表情を向けながらも、歯を再び食い縛る。
オスキャルは獲物の覚悟が決まった表情を確かめると、その少し上の方を目掛けて、自分の石頭を叩きつけた。
叩き下ろすような頭突きの勢いのまま、床に激突したオーケの頭の後ろの部分を見下ろす。
衝撃の音は、耳鳴りで何も聞こえなかった。
『ミズアンネが艦長の勝利を宣言したぞ、ジジイの勝利だ!』
ペトロフがオスキャルの勝利を宣言する声が、遠くで聞こえる。
しかし、顔を上げた老艦長の目には、そんなものとはまるで違う状況が写っていた。
――見せてもらおう、やんちゃ娘の筋書きを...。
異変に気がついたペトロフの困惑の声がスピーカーから漏れる。
円陣の周囲の観客どころか、天井の照明までもが、同じ方向に向いていた。
しんと静まり返った格納庫。その天井のスピーカーから、若い女の声が響く。
『ジジィーっ!サチコとの結婚は仕方ないから認めてやる。』
大きな空のクレートの上で、金髪の少女が仁王立ちで立っていた。
化粧をしっかりとキメた表情を煌めかせて、円陣の上に立つオスキャルへと真っ直ぐな視線を向けている。
彼女の両腕には金色の巨大な腕甲が輝いている。その先の指先が真っ直ぐに彼女の視線と同じ方向を指差す。
『だが、あたしとそこのオーケの結婚も認めろぉ!スペースマッスルガールのシャロンと勝負だっ!』
芝居がかったセリフの放つ振動が老体に響く。
そんな彼の様子を無視して、彼女の腕甲から何かが噴射される。短い音と共にその身体が跳ねるようにして跳び上がった。
大きな放物線を描いて、シャロンの身体はオスキャルの目の前、円陣の真ん中に着地する。
周囲の機関士も整備士も、その見事な着地に感嘆の声を上げた。
オーケとの殴り合いのダメージが残るオスキャルはそれどころではない。
庫内に響くシャロンの歓喜の叫び声と、ガツンと打ち合わされた金属の拳の音が、頭突きの後の頭に響いている。
『お前ら~、あたしを幸せにしたいか~っ!』
高々と掲げられた金色の拳に、大きな男達の声が応える。
『あたしもサッチーと一緒に結婚するぞ〜っ!ダブル婚だ!』
調子に乗った女が高々とその場で跳躍をして見せた。
男達はなるほど、そういうことかとシャロンと一緒になって拳を天に突き上げる。
金色に輝く不恰好な腕甲に照らされて、彼女の着る黄色いツナギまでが輝いて見えた。
場の主役の座は、一瞬で若い女挑戦者に奪われる。
オスキャルは呆れたように首を振った。
目を逸らすついでに足元を見やれば、そこにあったはずのオーケの身体がどこかに消え失せている。
辺りを見回してみる彼は既に円陣の外に運び出されて、女医の診断を受けていた。
その隣ではサチコが目を丸くして、立ち尽くしている。
シャロンを眺める若い妻の姿が目に入ると、オスキャルはため息をつく。
彼らの祝言は成った。
これからは彼女を妻と呼んでも誰にも文句は言われない。
そう思えば、もう一働きくらいしても良い気分になった。
――星の輝きの策に乗ってやろうじゃないか。
大きく息を吸うと、庫内に響くような声を震わせる。
拡声器など、弱者が使うモノ。強者たるもの音に聞かせるならば肉声あるのみ。
オスキャルは、シャロンに手の甲を向けると指先の動きだけで彼女を挑発した。
「良いだろう、来い小娘っ!」
「よっしゃ!」
両腕を振り回して見栄を切ると、シャロンは何の小細工も無しに真正面から飛びかかって来る。
馬鹿め。とオスキャルが迎え打とうとしたその時、金髪の頭部の背後で青白い炎が噴き上がった。