Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Bay3
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
12 January 3152
絵に描いたようなドンガラガッシャンという音を立てるシャロンとオスキャル。
その様子を見届ける。
勝負がどうあってもシャロンとオーケは今日結婚するのだ。
だから、彼女についてはこんな展開でも大丈夫に違いない。
――真打ち、となれたら良いんだけどなぁ。
オチルは誰も居なくなった円陣の中に静かに入ると天井のスピーカー方を見上げた。
ギャグのような一戦を見届けた観衆が今度は何が始まるのかと、彼に好奇の視線を注いでいる。
オチルは一呼吸を置いてから、天に向けて語りかけた。
「お義父さん、今日こそボクとターニャの関係を先に進める良い日はありません。」
彼女の愛称を知ってる人と知らない人がいる。
だが、オチルが今語りかけているのは彼女の本当の名前を付けた人だ。
「お義父さん、このオチルとお嬢さん... タチアナが今日、夫婦の誓いをすることをお認めください。」
円陣の中にもう一人の男性が入ってくる。
「今日が吉日?その理由が俺にはわからん。」
さっきまでのパフォーマンスを投げ捨てて、男は低い声でオチルに語りかけた。
本来はペトロワのように白かったはずの肌は機関室の中でオイルだらけになりながら、炙られたせいか、焼いた小麦のような色をしている。
オチルよりも背は高く、7フィート近い大きさからはドルジやナランに近い威圧感を感じさせた。
時にはオスキャルと共に通路に乗り込んできた敵兵を鉄パイプで殴り倒してきたのだろう。腕に太さは、オチルの倍以上はありそうだった。
「同僚の女性が2人、今日結婚するのなら、どうして自分はできないの?そんな想いを僕はさせたくない。」
喋りながら、お互いに腰を落として身構える。ジリジリと円陣の中にもう一つ小さな円を描くかのようにお互いの身を横に移動させ合った。
「それに3人一緒に結婚した日を迎えられたら、それは素敵な話じゃないですか。」
観衆は全員がペトロフのことを知っている。
オスキャルと30年以上を共に宇宙で過ごしている中心だ。彼の娘は産まれてから今日まで「ペトロワの娘」とこの船では呼ばれ続けている。
タチアナという名前も、ターニャという愛らしい呼び名もこの船では彼女の友人すらも口にしない。
それはペトロワにとって、幸福なことでもあり、不幸なことでもあった。
ペトロフが先に無言で拳を振りかぶる。
「俺はターニャが戦船に乗るのは反対なんだ。」
一撃目をわざと額で受けると、オチルも反撃を開始した。
艦長達の決闘に影響されて、少しカッコをつけ過ぎたかもしれない。涙が出そうなほどに額は痛かった。
ペトロフは殴り合いをしながらも、語りかけてくる。
「お前達もどうせ、俺の見えないところで色々とやってんだろう。キスくらいはしたか?」
「ペトロワは今もずっと貴方の娘ですよ。ガードが固くて、まだ唇を触れ合わせる程度です。」
オチルの打撃は、ペトロフの太い腕や脚に阻まれて、まるで有効打を打ち込めない。
娘さんのガードも固いという話をしているのに彼はなぜか不満そうだ。
「嘘をつけ。俺がお前らの歳の頃はもう相手の親の目を盗んで、やることをやっていたぞ。唇など合わせたら、即座にベロチューだ。」
ペトロワの母親は、どうやって彼女をあんなに純粋な娘に育てたのか?
そんな疑問を抱きながら、ベロチュー?と聞き慣れない言葉に顔を顰めてみせる。
「何?お前ベロチュー知らんのか、呆れた男だな。こうやるんだ。」
彼はそう言うと、オチルの顔面の前に髭面を押し出してくる。更にペトロフが迫るとお互いの唇同士までがぶつかり合う。驚きに歪んだ唇を割って、図太い舌がオチルの口の中で彼の舌に触れた。
途端に吐き気に襲われて、その隙に無防備になった胴や頭部をペトロフの拳が襲う。
観衆は義父の戦い方に否定的だ。
力強い彼の拳や蹴りは観衆の好みに合致するが、行いのいくつかが致命的に良くない。
ブーイングこそされていないが、次第に周囲の心象はオチルの側の方に移る。
ペトロワの父親にあまり評判を落とされても困るので、オチルは一気に攻めに転じる。
兵器運用適正はないオチルだが、その不適正は徒手格闘までに及ぶものではない。
ペトロフの懐に潜り込むと両腕を使って、彼を宙に持ち上げる。観衆に見せつけるようにと彼の肉体を出来る限り高く、宙に掲げた。
――エンタメだからね、オチルの結婚はここにいるみんなに認めてもらうんだよ。
この計画が始まる前、トヤーは軽々とそう言ってのけたが、難易度は高い。
魅せる格闘など、オチルは今までにやったことが無かった。
投げる時は高く放り投げる。孤は大きく、音は響くように。
――そして、必ず義父に結婚を認めさせること。
トヤーが下した最大のミッションがこれだ。
殴る蹴るで勝つだけでは、この親子喧嘩の意味はない。
大地に転がった強靭な肉体の上に跨り、彼の肩を固める。
「お義父さん、そろそろどうですか?ターニャとの結婚を認めてくださいよ。」
「イヤだね。」
「なんでなんです?そもそも僕への不満は何かあるんですか?」
意固地に首を縦に振らない彼にオチルは問いかけた。
「お前に不満はねぇよ。ターニャもお前の話しかしねぇ。」
左肩の痛みにも関わらず、義父の肉体がぐらりと動く。オチルは自分の身体が浮き上がるのを感じた。
ゆっくりとオチルを背に乗せたまま、ペトロフの身体は右手だけで倒立の姿勢になる。
体勢を維持できなくなったオチルは、仕方がなく彼の背から飛び降りた。
「俺はまだお前に負けてねぇ。それは認める認めないとは別の問題だ。」
――一番めんどくさいパターンじゃないか。
再び身構え直したペトロフの表情には喜悦すら見える。
彼の肉体に漲る気迫を見て、オチルは心の中で大きな溜め息を付いた。