Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship , Bay3
BlueHole System, Nadir JumpPoint
Jade Falcon
12 January 3152
《さきくさの みつばのかずも たらぬまで
つきせぬいのり きみにさちあれ》
血塗れの熊の家族が分たれることはない。
私が彼女達の幸せを祈るのと同じように、彼女達もまた私の幸せを願って止まないのだ。
サチコは、短く詠んだ歌をもう一度口にする。
厳粛だったはずの儀式は、トヤーが徹底的に破壊した。跡形もなく、粉々に。
後に残ったのは、いつもの愛しい日常。
騒がしくて、誰かの不平も聞こえるけど、ほとんどの人が笑っている。
もう二度と手に入らない、と一度縁の無いものと諦めた世界がここにあった。
失ったものを忘れそうな、そんな自分を戒めようとしても、喉のすぐそこまで、感謝の言葉が溢れて来ている。
どう口にしたら良いか、決めあぐねて、サチコは意味もなくそこで泣き始めた。
本当にどうしたら良いのかわからない。
私はもう取り返しがつかない。だから、せめてトヤーとシャロン、ペトロワは幸せになって欲しいと切に願ったのに。
どうして、私までがここにいるのか?
――そうか、私は迷い子なのか。
西方浄土に至る覚悟をして、混沌の坩堝の中に至る。地獄の業火に焼かれて、身を滅ぼす定めが、こんなに辛いものだとは。
幸せが、こんなにも耐え難い責め具だとは、思うはずもなく。
僅かに開けた口から、宙に向けて舌を差し出す。
息苦しさに、何度も舌先で宙を舐めた。
「さっちー?どうしたの?」
突然、耳慣れた声が目の前に降り立つ。
「お顔ヤッバイよ。」
真っ白な布地がサチコの鼻を拭く。彼女の顔が丁寧に清められ尽くす頃には、サチコの嗚咽はすっかり治っていた。
言葉もなく、トヤーの頬に自分の頬を重ねる。いつだかに重ねた頬と同じ感触が無性に気持ち良く思えた。
サチコは、少しだけ女性同士の愛というものを理解する。今ならば、トヤーの耳や柔肌に自分の舌を這わせても、嫌な気分にはならない。
感謝や愛しさが限界を越えると、それは性別すら超えた真の愛となるのだ。
一方的に気持ちを押し付けるようなことは許されない。サチコはトヤーの気持ちを確かめようと口を開いた。
そんな気持ちに気づきもせず、トヤーは首をぐるりと余所に向ける。
「あれ?この泣き声はどっちかな?」
耳聡く、赤ん坊の泣き声を聞きつけた彼女に腕を引かれる。
「ねぇ、さっちー。赤ちゃんの抱き方教わろうよ。」
誘うような口調で言うのに、サチコの答えを聞きもしない。
周囲の男達もほとんどがゾリグを追い回すのに飽きたようで、皆がトヤーの行く先に集まり始める。
サチコは彼女の手の引かれる先が自身の幸せへの道のりのように感じた。
ターニャの和歌講座
《三枝の 三つ葉の数も 足らぬまで
尽きせぬ祈り 君に幸あれ》
サチコさんの祝言?に詠われた万葉調の祝福歌です。
三枝(さきくさ)の三つ葉では、どれだけ枚数を数えても数え足りないほどに、尽きることのない祈りを、あなたたちに捧げます。どうか、幸せでいてください。
一見すると、そんな意味のこもった一首になります。
ちょうど自分の婚姻が定まったにも関わらず、なぜか人の幸せを祈っているというちぐはぐにも見える内容です。
内容を紐解けば、謎は解けます。
三枝は古名でミツマタ。縁起の良い今回のシーンに相応しい植物の名です。
この言葉は、続く三つ葉という単語を引き出す縁語になります。
三枝は幸くという言葉を掛けていますが、この幸という単語はサチコさんの名前の「サチ」にもかかっています。
また3という数字には、トヤー・シャロン・ペトロワの3人の友人の数も示しているのです。
「三枝の三つ葉の数も足らぬまで」を序詞にして、「尽きせぬ祈り」の言葉を引き出しつつ。
とにかく三という数字と幸という言葉で、自分たちを祝福する言葉が詰め込まれています。
サチコさん、余程嬉しかったのでしょうか?
歌の始まりと終わりが「幸い」という一つの願いでつながれた首尾照応な一首になっています。