※この作品はR-18です。

Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants   作:Sykyu

239 / 281
Ep.27_02

Union class Dropship , Medical sect

Alyina System, Nadir JumpPoint

Alyina Mercantile League

24 January 3152

 

 目を醒ませば、目の前には見たことのない天井が広がっていた。

 エノリの身体は拘束用のバンドで寝台に固定されていて、自らの意思ではそこから動くことができない。

 どうしても気になって、首だけを動かして身体の下の方を確認する。

 左の手首から先はなく、指先も手の甲もそこには見当たらない。

 彼女を睨む、殺意に満ちた小さな少女の双眸が思い起こされる。体が底の方から震えた。

 ハッと我に返って、声を上げる。

「ヌルっ、ヌルっ!?」

 共にここを逃げようとしたパートナーの名を呼ぶ。左右に首を振って見回しても、辺りに彼女の姿はない。

 

「ヌルなら、マイって女にボコボコにされてそのままそいつと結婚したわよ。」

 部屋の隅の椅子に静かに座っていた、少女のような女が彼女の疑問に答える。

 エノリは、アリマの顔に焦点を合わせながら、しばらく彼女の言葉の意味について考え込んだ。

 マイがヌルを裏切ったのはわかる。だが、氏族の人間が同性同士で結婚をする意味がわからない。

 

――...捕虜にされたということだろうか?

 

 もしも、そうならば少なくとも、彼女は生きている。

 ヌルの心に過去に大きな傷痕を付けたマイは、今度は力で彼女を屈服させる方を選んだのだ。

 

――あれほど言ったのに。

 

 だから、マイは信用ならない。とエノリは警告していた。いまだかつて、ヌルがマイを制御できたことはない。

 マイはヌルの考えを理解していても、常に彼女の意思と思想を優先して生きている。

 それなのに、ヌルはいつもマイを信じる方を選んでしまった。

 彼女はかつての恋人が離反するのならば、それすらも受け入れてしまう。

 ヌルの心の中がまだ、かつての恋人に支配されたままでいることを、エノリは重々承知していた。

 別れて、背を向け合って、エノリが間に入り込んでもなお、2人の間を引き裂くには足らない。

 エノリが彼女の目の前でヌルの唇を吸って見せても、マイは変わらずにヌルの一番の理解者であり続けた。

 ヌルを肯定するだけでなく、時に反論し、言い争う。マイ無くしては、今のヌルはあり得ない。

 2人の結婚という話は、現実のものに思える。

 氏族に結婚という文化はない。それでも、その言葉に相応しい関係がヌルとマイの間にはあった。

 

「で、あんたには聞きたいことがあるのよね。」

 アリマが、エノリの思考を遮る。

 まるで少女のような風体で、凶悪な器具を手にする姿はどこか現実離れしているように感じた。

「あんたがSeaFoxとどんな取引をしたのか、全部聞かせてもらうわよ。」

 バチン、と音を立てて奇妙なU字に分かれた金属の先端で光が爆ぜる。ほんのそれだけのできごとで彼女の手元の器具が、高圧の電流を流す装置なのだとエノリには理解ができた。

「尋問の前に拷問する気?」

「尋問で吐かれちゃったら、拷問できないでしょ。」

 彼女の真意を探ろうと、探りを入れたつもりであったのに、なぜか狂気が返ってくる。

 アリマの顔に浮かぶ薄い笑みが、エノリの想像の全て肯定していた。

「戦士として使えそうな捕虜をいたぶるのは、ドルジに怒られちゃうけれど、もう戦えない子が相手ならやりたい放題にできるのよ。」

 ウフフと口の中で小さく嗤うアリマは楽しそうに語る。

 あなたは捕虜ですらないのよ。とエノリは言外に告げられていた。

 専門の施設があれば、失った手は再生できる。

 だが、今のエノリはこの船の上では反乱者であり、虜囚。

 そんな治療を受けられるような立場ではなかった。

「まずは、痛覚の増すお薬の注入からしましょうねー。」

 鼻歌交じりに銀色のトレイの上を探るアリマの言葉に迷いはない。慣れた手付きで、薬液を注射器に吸い上げる。

 その針が、白い珠肌を突き刺す前に、エノリは彼女に落ち着いて声をかけた。

「全部話すわ。もう、私には何も残ってないのだから...。」

 そう告げた途端に、アリマは落胆した表情をみせる。

 針の先端から勢いよく噴き出された薬液が、宙で一つの玉になって床に落ちていく様子から視線を逸らす。

 メックも、プライドも、パートナーも、エノリが全てを失ったのは本当のこと。

 そのどれもが、本当の意味で手に入れる前に手元から離れてどこかに行ってしまった。

 この上、苦痛まで味わうのは嫌で仕方がない。

 もう、エノリは何も失いたくなかった。

 もしもこれ以上、誰かに何かを奪われるというのならば...、

 

――誰かにこの身を流れる血と名を剥ぎ取って欲しい。氏族という呪縛から、自由になりたい。

 

 それは何年もの間、エノリが願い続けてきた想いだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。