Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Camp Jaipur ,CommunicationTower
Alyina System, Noida
Alyina Mercantile League
30 January 3152
この街には高層都市と呼べるほどの建物群が存在しない。
周辺を見渡しても、この通信塔の屋上が一番高い位置にある。
屋上の縁に立っても、ふと上を見上げる人がいなければ、誰も彼女の存在には気が付かない。
少し前ならば、エレナは奈落への転落の誘惑に抗えなかった。
だが、今の彼女には、その望みはない。
例え心のどこかにその願望が残っていたとしても、後ろから彼女の腕を掴む手がそれを止める。
強い風がエレナの身体を煽った。
突風を真横から受けても、エレナの身体はびくともしない。
彼女の肢体を下からまっすぐに貫く芯棒が、身の安全を保障している。
エレナの本能が、その剛直をしっかりと絞り掴む限りは、どんな力が加わろうとも彼女の魂が重力に屈することはなかった。
通信用のアンテナが立ち並ぶ、ここには手すりもなければ、胸壁もない。
手をかける場所も、体重を預ける場所もなかった。
前にせり出したエレナの上半身の真下には、ただ空が拡がっている。
支えが無くなれば、彼女の身は誰にも遮られることなく、真っすぐに100フィート下の地面に降り立つ。
昏い宇宙では味わうことがなかったスリルにエレナは身を震わせた。
生と死は常に隣り合わせにある。
生の喜びをより感じたいのであれば、死に近づくのが早道。
晴れ渡っていた空が、雲を宿して、やがて稲光を呼ぶ。
雷鳴が鳴りはじめると、エレナの口は小さく声を漏らし始める。
風が更に強くなり、身に着けていた淡いレモン色のワンピースが、彼女の胸の辺りまで捲れ上がった。
エレナは膝を曲げて、背後に聳える男の太ももに足先を絡める。
こうすると、もはや彼女の身体で地についている部位は一か所たりとも、残らない。
全ての体重を男の身に委ねて、全身の浮遊感を楽しむ。
男がエレナの身体を揺らすたびに、彼女の身体は空を舞う。
それにあわせて、長い金色の髪の毛が羽のように揺れる。
彼が片手を放すとエレナの心が生の充足で沸き立つ。
自由になった手を前に突き出して、喜びを表す。
――エレナは生まれ変わりました。
空いた手を戻し、胸に当てて、そのまま身を包む布を破って捨てる。
生まれたばかりの赤子に、産着はまだ重い。
割礼の伝統は悠久の時の中で失われたが、人の子は産まれた祝福をそのままの姿で受けるのだ。
身を高々と掲げられて、エレナは産声を天に響かせる。
雷光が珠の肌を照らし、目に見えない諸人の視線をその身に浴びた。
身を強張らせて、大地に向けて僅かに雨を降らせる。
黄金色の恵みは大地を潤し、新たな生を育む。
呼び水が、空からの更なる豊穣を招来する。
死が新たな生を産み、生が新たな死をもたらすのだ。
冷たい産湯に打たれながら、エレナは悦びの声をあげる。
男から生を受けるたびに、彼女が大地に恵みを返す。
エレナは今日、再び循環の一部に帰還した。