Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Safdarjung Spaceport ,Meeting Room
Alyina System, New Delhi
Alyina Mercantile League
30 January 3152
「使者の口は常に借り物さ。オレ達の本隊はズデーテンに行っちまってる。エ、残念だけど、オレ達は商人ギルドの連中からは遠く離れた代理人よ。」
前置きを挟んで、チェゲと名乗った肌の黒い傭兵は両手を顔の前で広げて見せた。
白い手のひらはまるで降参の意思のようにも見える。
「矢を放つのは弓だが、狙いをつけるのは射手だ。残念だが、契約を結ぶかどうかを決めるのは、オレ達じゃない。オレ達の役割は、お前らを信用しても大丈夫か見定めて、射手に矢を渡す従者だ。オレのメガネに叶わないと、そもそも契約すら結べないのさ。」
「例えが長いわね。でも、AMLは戦力不足でとにかく手が欲しいと聞いてるんだけど、違うの?」
男の講釈にさっそく飽きてしまったアリマが疑問の声を上げた。
この商人の集団が宇宙港にすら、満足な防衛戦力を置けていないことはすでに目で見て知っている。
「あんた達の本隊がどこかに行っちゃったのなら、なおさら戦力不足でしょ?」
民兵を訓練したところで、戦闘用のメックに勝てるようになるわけではない。
せめて、一個大隊の戦闘用メックの集団がこの星系の首都ニューデリーには必要だった。
「アィエェ、お前は若いのに目が鋭いな。オレ達の知っていたファルコンの戦士はもっと傲慢だ。」
褒めても何も出ないわよ。と釘を刺しても、チェゲの調子は変わらない。
こうして、焦らすことでこちらが墓穴を掘るのを待っているのだ。
そんな手はアリマには通用しない。
ただ、このまま待たされるのは癪でもあった。
「チェゲだっけ?あたし達があんたの眼鏡に叶うかは知らないけど、あんたの雇い主に数珠の修復状況は順調か?って伝えてよ。」
アリマは目を細めて、代理人の男に言伝を頼む。
チェゲは怪訝そうな顔をしたが、振り向けばアレフまでが同じような顔をしている。
同じような表情でも、意図を理解できた人間と理解のできない人間では、やはり反応が違う。
「鳥の言葉は鳥にしかわからない。もはや、あの人に鳥の言葉が通じるのかはわからないが、サワ、そのままの言葉で伝えよう。」
首を傾げながらも、傭兵の男はアリマからの伝言を引き受けた。
もし、アリマの言葉の意味が相手に通じれば、何かしらの手を打ってくるだろう。
「それで、我々は信用に足るとなりそうなのですか?」
最初にこの腹の探り合いに終止符を打とうとしたのはナランだった。
「それは...急いで答えを出す話じゃない。種を蒔いてから実が成るまでは、時間がいる。」
チェゲは言葉を濁す。
「火元は動かない。だが、火の粉は飛ぶ。オレ達はお前達のことを実は知っている。エステロスのことも、クリエフチのことも。」
人の噂は人の脚の速度で伝わる。アリイナに来るまでに、少し遠回りをしたアリマ達よりも、情報の方が早く回っていること自体は不思議ではない。
「実は、アリイナを襲撃していた海賊の問題はもう解決してしまった。だからもう、オレ達が信用したからと言って、仕事があるとは限らない。」
少し迷った後に、チェゲはこの星系の話を少し漏らした。
「川の流れの深みは、渡ってみるまでわからない。お前達は聞いていた噂よりは、真っ当な人間だ。噂通りならば、お前達は狂気のテロリスト集団のはずだ。」
傭兵は自分の言葉に少しだけ笑って見せるが、アリマ達は顔を見合わせるしかない。エステロスにいたギャングを相手に核ミサイルをチラつかせたのは、まだ半年程度しか経っていなかった。
「お前達を雇うことのリスクを判断するのは、オレ達じゃない。だが、お前達を信頼することのリスクをオレはまだ判断できない。」
チェゲは、そう言って再び両手を広げる。
機会の損失と安全。どちらを獲るかは常に危ない橋だ。もうひと押しが足らない。この男はそう言っている。
「仕事以外で、何かあんたを納得させられるものがあるとも思えないけど?」
気がつけば、この場はほとんどアリマが取り仕切っていた。アレフに交渉を任せてお手なみを拝見。という密かに企みを抱いていたことを彼女は今の今まで忘れていた。
そんなことは梅雨知らず、チェゲは祈るように手を組んで、望みを口にする。
「噂のアンネ様の力がホンモノならば、ぜひともこの街に雨を降らせてくれ。」
凡そ、傭兵団に頼む内容ではない依頼にアリマもナランも顔を見合わせた。
トンデモな内容ではある。
傭兵であれば、神よりも仏よりも、信用すべきは実績だ。
そう考えれば、それは確かにアンネを有するこの部隊に懇願するしかないのかもしれない。
「雨を待つのは種だけじゃない。人間も同じ恵みを待っている。この大陸はここ一ヶ月ほど、全く雨が降ってないんだ。これから先に降る予想がない。」
悲しそうな声を聞く限り、チェゲは冗談ではなく本当に困っているように聞こえる。
ふうん、と意味にならない声を出してアリマは窓の近くまで歩み寄った。
窓を開けて空を見上げると雲一つなかった空が、いつの間にかどんよりと曇っている。
やがて、雷が鳴り、雨が降り始めた。
「何よ、降り始めたじゃない。」
アリマは呆れた声で部屋の中を振り返る。
とんだ気象予報ね。と鼻を鳴らす。
少しでもマジメにチェゲの願いの実現方法を考えた自分がバカみたいだった。
「良かったわね。ところで、あたし達はまさかのこれで失業?」
外の光景を固まった表情で眺める彼にアリマは嘲るような口調で声をかける。
まるで天変地異でも目前にしたかのような、チェゲの反応に首を傾げながら、彼女は両手で丁寧に窓を閉じた。