Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Ep.28_01
Safdarjung Spaceport ,Security Office
Alyina System, New Delhi
Alyina Mercantile League
31 January 3152
――してやられた。
宇宙港の真ん中で繰り広げられていた音楽祭の目論見に、マレーナが気が付いた時には全てが手遅れになっていた。
焦る気持ちを表情には出さないようにしても、そもそも彼女の様子を気にしている人間がここにはいない。
保安室の真ん中には、濃い緑色の氏族の制服を着た男と全裸の女が同じベンチに座っている。
誰もが彼らに近づこうとしないのは、彼がファルコンの戦士だからではない。
遠巻きに彼の姿を見つめる職員の目には嫌悪はなく、もっと別の感情が渦巻いている。
あえて形容するならば、それは畏れに近い感情だった。
「そんな、戯言を誰が信じるのか!」
「しかし、タイミングを見れば、彼らの主張は状況と完全に一致しております。」
職員の報告に、マレーナは出来る限り、冷たく言い放つ。
だが、マレーナの 責に、彼らは抗議を返す。
彼女の言葉に説得力がなく、実態と乖離があることは、彼女自身が一番よくわかっていた。
「赤い船に乗って降り立った偉大なるボコール、アンネがロアを使役なされた。というのが専らの噂です。」
赤い船、がオスキャルの降下船を指しているのは間違いない。
8時間前にこの星に降り立った集団の奇策は、見事な成功を収めている。
彼らの成したことを、常識で計るのは難しい。
しかも、この集団が成したことは、この星中に広まっていた。
呪術師アンネが空港を祭場にして楽器をかき鳴らし、音楽を奏でる。
それは妖術で18マイル先のノイダの空き基地の通信塔の祭壇に雷雲を呼び、乾ききった大陸中に雨を降らせた。
そう唱える動画が、メディアによって星系中に広まっている。
信仰のない人間が説明をされて、理解出来る内容ではない。
だが、ライラ共和国だった時代からこの星系に住む住人の大半は、氏族でなく中心領域の人間だった。
彼らはまだ、様々な信仰を抱えている。
そういう人間の中には、この事象を神話の再現と理解するものもいた。
着陸床に聳え立つ赤い球型の宇宙船は、今や古代から蘇った神殿のような畏敬の眼差しで人々には見られている。
放棄された基地の通信塔も、その一部だ。
この目の前にいる男女が手錠もかけられずに、堂々と我が物顔でそこに居座っている理由は、こうした精神的な優位があるからに違いない。
二人は、そこで神事を行った神官と巫女。
奇跡を信じてしまった人間が、彼らを手荒に扱えるはずもなかった。
氏族の生まれのマレーナには信仰はない。
だが、オスキャル達がこの数時間で得たものが手に取るように分かる。
住民からの崇拝と信頼を手にしたことで、彼らはこの星系ではSeaFox氏族やマレーナ達と表立って戦争をする必要がなくなった。
商人氏族は強力な後ろ盾ではあっても、彼らには大地に雨を降らすような力はない。
地球帝国の時代に建設されたテラフォーミング施設は、未だに誰かが簡単に操作できるような代物ではなかった。
だからこそ、アリイナを干ばつから救った集団に、うかつに手出しをすれば、政情は地に堕ちる。
商人連合が彼らを無視したり、粗雑に扱えば、星の住人からのマレーナへの信認は失われかねない。
どうあっても、マレーナは彼らを客人としてもてなさねばならなくなった。
雷雨の中で光の輪を背負って、天に喘ぎ声を響かせていた女をただの変質者だと追及することもできる。
だが、この2人が高所で交わっていたという話は、もはや痴態ではなく伝説だった。
下手に勝負を仕掛けられるほど、マレーナはうかつではない。
ローンウルヴスとの交渉、引退した老将との会談、星を震撼させる雨乞いの儀式。
全ての出来事の裏に一人の老人の意思があった。
欲しいものがある時は、まず、力を見せつける。
その力とは必ずしも銃口や腕力である必要はなく、手段が一つである必要もない。
複数の策を蒔いておき、そのどれかの策が花開けば、彼の意思が結実する。
マレーナはこの手口を使う老将がどういう人物なのかを知っていた。
相手が白旗を上げるまで、彼の剛腕が止むことはない。
血塗れ熊からの星系への侵攻は間違いなく、既に始まっている。
「...お前たちの要求はなんだ?」
マレーナは、試しに彼女の目の前で堂々と座っている男の方に問いかけた。
彼の表情はほとんど動きを見せない。
彼女の眼差しに怯んだ様子もなく、値踏みされる様子もなかった。
男はマレーナを一瞥だけすると、口を開く。
「医療設備だ。」
短い、意外な答えにマレーナは驚いたが、鋼鉄のような硬い表情を崩さない。
彼らのしでかした事の大きさに比して、要求はあまりに小さかった。
「設備だけでいい、医者は自前である。」
「...薬や器具はどうするというの?」
「お前たちから買う。」
何か、問題があるのか?とでも言いたげな表情で男は彼女を見上げる。
マレーナは慎重に言葉を探す。
だが、考えれば考えるほど、彼女には彼の要求に抵抗をする理由がなかった。
断る理由があるとすれば、彼がファルコンの戦士である。
それだけだ。
「...その条件を満たす、いい設備が見つかると良いですね。」
彼女は時間をかけて、彼への返事を絞り出す。
悩んだ末に、マレーナは回りくどい話し方をする黒人の傭兵の顔を思い出した。
彼と交渉をする相手は、マレーナ自身である必要がない。
男に背を向けると、近くにいた職員に問う。
「チェゲはどこだ。」
「ノイダの通信塔におります。」
すぐに返ってきた返事を聞いて、マレーナは鋭く息を吸い込む。
そして、できる限り静かに指示を言葉にした。
「呼び戻せ、すぐにだ。」