Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Camp Jaipur ,CommunicationTower
Alyina System, Noida
Alyina Mercantile League
31 January 3152
高々と掲げられた黒い肌の両手と、高い声で唱えられた呪文。
耳に付けた小さな機械が、その言葉を翻訳できずに次々とエラーを吐き出す。
チェゲは言葉の意味を何も理解できなかったが、赤い布を頭に巻いた老呪術師の真似をして、大地に膝をついた。
立ち入り禁止のポールが立てられた敷地の中には入れないが、近くに寄る必要はない。
もはや、ここは祭壇の足元とも言える距離だ。
チェゲは痩せた星の、貧しい土地に生まれている。
数千年前に宇宙に飛び出た人類の大半は、未だにテラからの教えに従って生きていた。
この老呪術師も、そんな教えを継いできた人間の一人。
大地に身を押し付けながら、呪文なのか祈りなのかを朗々と唱え続けている。
彼は、雨を呼ぶことはできない。
ただ祈って、感謝の言葉を天に届けるだけだ。
信仰は違えど、チェゲも感謝の気持ちは変わらない。
十数年、ほとんど忘れていた人ならざる者を崇め、奉る心を今は思い出していた。
「数千年の時を経て、ククルカンは再び定命の者たちの前に現れる。」
老呪術師の口から飛び出た、聞き覚えのない言葉にチェゲは首を傾げる。
その顔を覗き込んで、初めて彼が完全に己の意識を失っていることに気が付く。
今の言葉は、白目を剥いた老呪術師の言葉ではない。
「我らの来訪を称えよ。ヤシュチェを迎えよ。」
老呪術師の口がそう唱えた途端に、雷が轟音を立てながら目の前の通信塔から空に向けて駆け上がった。
雨の止んだ曇り空に枝分かれする雷光は、さながら荒野に聳える巨樹に見える。
チェゲとこの呪術師では、祈りを捧げる神の名は違う。
彼の意識を乗っ取った誰かは、それらとはまた別の存在に思えた。
雷鳴が止むと、老呪術師は糸が切れたかのように地面に倒れ伏す。
チェゲが慌てて彼を抱き起こすと、そこにもう一人の同行人の足音がやって来た。
「いい絵が撮れた。この星には映画賞のようなものはないのかね?」
手元の録画装置を通信塔に向けながら、彼は鼻を鳴らす。
それはちょうど通信塔の上から、何か黒い人型の何かが大地に落ちてきたところだった。
何かが潰れて壊れるような音がチェゲの耳にも聞こえる。
「母を持たない者は、犬にも劣る。アルタンエルデネ。あんたは医者ではなかったのか?」
「もう死んでいる人間を助けようとしても、医者の私には何の益もない。死者の蘇生は、むしろその老人の領域ではないかね?」
相当な侮蔑の言葉を送ったつもりだったが、犯罪都市のフィクサーだった男は顔に浮かんだ笑みを崩さなかった。
どういう手段を使ったのか。ニューデリーのメディアや情報筋に通信塔での雨乞いの儀式の様子の映像を広めたのは彼だった。
今、彼の手元には、また新しい奇跡のフィルムがある。
チェゲに抱えられた老人の腕の脈を測り、目玉を覗き込むと闇医者は頷く。
「ボコールは気絶しているだけだ。ここで雷が鳴ると誰か失神する仕組みなのかね?」
そう言うと、彼は軽く笑う。
チェゲは一つだけ、この極悪人に確かめなければならなかった。
「雲が集まるのを見ていたか?それとも、雷が鳴ってから空を見上げたのか?エ...どちらだ。」
「何が起こるのかは知らない。だが、どこで起こるのかは知っていたさ。だから、自らの目で確かめに来たんじゃないか。」
俺の名を知っているだろう?と彼はチェゲに問いかける。
ソラリスを訪れたからといって、皆が必ず彼の世話になるわけではない。
だが、彼がなんと呼ばれていたのかを、チェゲは知っていた。
――Dr.マリオネット...。
それがこのフィクサーの通り名だった。