Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Safdarjung Spaceport ,Union class Dropship , Jail
Alyina System, New Delhi
Alyina Mercantile League
1 February 3152
シタはこの独房に出入りする、数少ない乗員の一人になっていた。
マイと彼女を除けば、ほとんどの人間がヌルとの接触を禁止されている。
船内で反乱を起こしたことを考えれば、船医がわざわざ囚人の元に往診に来ることの方が破格の待遇だ。
最初は食事を運びに来ていたペトロワも、囚人の怪我が回復すると給仕の任を解かれる。
彼女では、回復したヌルが脱走を企んだ時に、彼女を鎮圧できないからだ。
独房の中の囚人との結婚が認められたり、睦み合うことが禁止されていなかったりする。
そんな不思議な規則の中でさえ、ヌルは一番厳しい監視の中にあった。
まだ、強い赤みを帯びるヌルの肩や頬の様子を診察し終えると、シタは書き物を続ける。
彼女の肢体の赤みは、剥き出しにされた胸や腿にまで広がっていた。
だが、これは先日のマイの蹴りを受けた痕ではなく、もっと、愛に満ちた独占の欲望の証。
女医の検査の間、彼女たちの着衣はいつも、床の上に投げ捨てられている。
今や番いとなった二人は、シタが独房に来るまでの少しの時間を、睦言に費やしていた。
マイからの蹂躙をその身に受けて、意識が飛びかけるほどに気をやった後では、さすがのヌルでもシタの触診に抗う気力はない。
自分の指を咥えて、恋人でもない女の指先の動きに耐える。
うっかりと甘い吐息を漏らさないようにするのが、ヌルの精一杯の抵抗だった。
そんなヌルの状況も知らずに、マイはシタとトヤーの操縦訓練の様子を話し始めている。
インプラントを失った彼女の手の感覚を取り戻すため、クリエフチで取得したCrossbowにトヤーを乗せていた。
だが、彼女はついにそのコクピットに入ることすら拒否し始めている。
怒ったマイが叱咤すると泣き出して、トヤーはそのまま基地から出ていこうとすらした。
まるで成果の上がらない現状に、マイは頭を抱えている。
「今まで出来ていたことが急に出来なくなって、嫌になる。そんなことって経験ない?」
「無限にあるとも、頂に至るまでは、全てがそんなことの繰り返しだ。」
女医の問いにマイは力強く答える。
「出来ていたことが出来なくなるのは、己が壁を一枚越えて新たな壁にぶつかった証左。
そんな時こそ、自己を顧みてズレた調和を取り戻す。そうやって、人は成長を繰り返すのだ。」
「今のはスランプの例えだけど、オドンの場合はちょっと違うんじゃないかな。」
少し変なスイッチが入ってしまったマイの講釈を、ヌルは遮った。
シタは問いかけは、肉体的な損失からの復帰と、精神的な喪失の感覚をマイにもわかるように説明しようとしたもの。
だが、求道者のような精神構造の持ち主のマイには効果的ではない。
「マイ、キミなら両腕と両脚を失ったとしたら、その後はどうやって戦う?」
自分の剥き出しの二の腕と腿を軽く叩いて、ヌルは伴侶に問いかけた。
肉弾戦で戦う状況はないに越したことはないが、彼女たちはそれを何度も潜り抜けてきている。
「損傷次第だが、我々には歯という武器がある。噛み付けばいい。」
当然のように親指で、口元を指差す彼女に笑みを返す。
大きく張った胸は頂点をピンと立てていて、まるで彼女の真っすぐさを表しているかのようだ。
「そうは言うけれど、キミは日頃、手足を縛った状態で人に噛み付くような稽古はしないだろう?」
ヌルの一言に、マイは図星を付かれたような悲しそうな顔をする。
妹のために一肌脱ぐのは、姉の当然の仕事だ。トヤーがヌルのことを忘れていようと、血の絆は変わらない。
「オドンは、今までにやったことがないことを突然やれと言われているのさ。彼女自身にはここ最近の記憶すらあやふやなのに、ね。」
「私は、もう少し彼女にやさしくした方がいいのか?」
困惑した表情で、マイはヌルとシタに問いかける。
その注文は、彼女の教育の流儀に、真っ向から反していた。
肩を落とすマイに女医は声をかける。
「あの人の真意は、私にはわからない。でも、あなたにしかできないことがあるに違いないわ。」
「ボクも、彼はオドンとマイの2人に、この訓練で何かの成長を促しているんだと思う。」
長い付き合いがあるわけでもなければ、拳を交えたわけですらない。
ただ一方的に、惨敗した経験がある程度ではあったが、ドルジという戦士が何の企みもせずに人を配置する男ではないのはヌルにもわかる。
「彼は、自分の恋人には特に厳しいみたいだからね。」
シタとマイの両方に順に目をやった。
トヤーは彼の恋人ではない。だからこそ、彼女は訓練のボイコットが許されている。
もし、彼女が彼の寵愛を受けていれば、マイやエレナのように、彼の言葉に逆らおうという意思すらも、芽生えなかったに違いない。
しかし、それはトヤーが期待されていないという意味ではなかった。
期待されていないのならば、貴重なCrossbowという氏族メックが彼女に与えられることはない。
必ず、何かの意図があるはずだ。とヌルは思考を巡らす。
しかし、真意を知るには、あまりに彼に関する情報が足らない。
彼のことをもっと知りたいと思った時、ヌルはある可能性に気が付いた。
――まいったね。
彼は一つの策から、多くの効果を生みだすことを望む。
だが、その策のピースの一つに自分も含まれていることを察すると、ヌルは困り顔を浮かべる。
マイがこの独房に、足繫く通える理由もそれで説明がついた。
――ボクが彼と会う気になったのなら、マイでもシタでも、どちらをメッセンジャーにしても良いってわけだ。
胸のふくらみと締まった腹、そしてその下の方までを、右の手でゆっくりと撫でる。
至近距離から、ゴム製の散弾を撃ちこまれた記憶が蘇った。
彼への感情は、心に撃ち込まれた敗北の楔。
恐怖と力に屈した彼女の心がもたらした、呪縛のようなもの。
もしも、彼と対面したとして、その時に自分が平静を保っていられる確証が、ヌルはまるで得られなかった。