Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Fetish Market ,Restrant 'Akwaaba'
Alyina System ,Greater Noida
Alyina Mercantile League
2 February 3152
シフとエノリの前に、それぞれ大きな皿が置かれる。
由来が違うはずの2つの料理は、どちらも同様に山のような盛り付けがされていた。
普通ならば、女性2人で食べ切れるような物量ではなかった。
それでも、エノリもシフも怯みはしない。
「アリイナ星系は元々はライラ共和国の支配下の星系だったっす。100年前のオペレーションリヴァイバルでファルコンが制圧して以来、ここはファルコンの工業地帯で、商人階級の重要拠点の一つになったっす。」
突然、シフが星系の歴史を語り始める。
彼女の声を耳にした周囲の客や店員が、一斉に声の出所を追う。
「元々住んでいたのは、ヒンディー教の聖地のチャハル星系が近いこともあって、テラのインド・アーリア系の開拓民が大半っす。
その他にテラのアンデス地域から北に住んでいたメスティソとインディアナを源流に持つの開拓民が住んでいて、ここ、ニューデリーは、征服者の氏族の人間の他はそういう人たちが区画で住み分けをしてるっす。
その中でも、ノイダのこの地域は氏族が労働力として、前線の他の星系から連れてきた人たちが住んでるっす。」
近隣の席に座る肌の黒い男達の視線を気にせずに、シフは言葉を続けた。
彼女のすぐ隣に座るエノリは居心地の悪さを感じたが、黙ってシフの介護を受ける。
片手を失った彼女が、シフの介護無しに何かの準備を整えることは難しい。
囚われの身で外出と外食を楽しんでいるこの光景が、そもそも異様だった。
「主食は長粒米かとうもろこし、あとは芋。」
首にエプロンを回して貰うのも、長い髪の毛を結んで貰うのも、全てシフ任せだ。
白い包帯の巻かれた先のない右腕では、皿を抑える役にすら立たない。
「つまり、この黄色い麺は芋麺か、とうもろこしの麺の可能性が高いっす。」
全てを整え終わり、シフが席に戻る頃にようやく彼女の講釈は結論を迎える。
この結論に至るのに果たして、100年前の歴史を語る必要があっただろうか?
もし彼女が、この料理の由来の全てを語ろうとすれば、星間連盟の成立よりも前のテラの時代の話をしなければならない。
「そんなことを考えているうちに、料理が冷めてしまうわ。」
そう考えれば、彼女の講釈はちょうどいい長さだ。
エノリは自分の前に置かれた皿の上の香りを少し楽しむと、少し迷う。
フォークで行くべきか、箸で行くべきか。
「米ととうもろこし、両方を使っている。米の方が少なめ。パスタ、チャーメン、形が違うだけで、麺は材料も配分も一緒。」
料理を運んできたガタイの良い店主が、シフの思考を終了させた。
さすがに顔馴染みの客以外にはさっさと食え。とは言わないらしい。
「つまり、味の大半はこの上にかかってるトマトのタレとガーリックパウダーにかかってるっす。」
ワチと呼ばれた料理は初見なのか、麺の謎が解けた後も、シフの探究は終わらなかった。
彼女はまだ、食器にすら触っていない。
「少し、違う。」
店主は首を振る。
「料理には魚を揚げた油がかかっている。これが一番のパワー。」
そう言うと、静かに片腕に力瘤を作って見せた。
物量だけではない。体格のいい客層に合わせて、味付けの他も彼らに合わせてあると言うことだ。
料理の味の秘密に、シフは顔を輝かせる。
「ほほぉ、麺はヘルシー系なのに、上にかかってるものは凄まじくジャンキーっす。これぞ、ストリート料理っす。」
ようやく、彼女はフォークに手を伸ばして、誰かに向けて感謝を捧げた。
その所作が良かったのか、周囲からの視線が徐々に外れ始める。
肌の白い女2人が、黒々とした男達の溜まる薄暗い店内で食事をとるという光景はどうやら最悪の展開にはならなそうだ。
特に考えもなく、この店を選んで指差したのは、実はエノリだったのだが。
ほっと一息つく間も無く、再びエノリの隣から声が上がる。
「不覚を取ったっす。スパゲティが載ってるから、パスタ料理だと思ってたら、どうやらワチの主役は、この具材の下に潜む豆ごはんっす。」
シフが持ち上げた具材の下からは黒い斑点のような模様のついた豆の混じった細長い粒が覗く。
具材の詰まったトマトソースが完全に上を山のように覆ってそれを隠していたのだ。
料理の端に載せられた茶色いペーストのようなものが、穀醤ではないとしたら、それがどんな味わいなのかはエノリには想像も付かない。
最初から全てを混ぜてしまうのは、危険だ。
自分に想像のつかない、新しい味へ勇ましく探求して行く彼女の姿は尊敬に値する。
だが、エノリは多少の差はあれど、どこでもほとんど味の変わらないチャーメンで十分だった。
「これを食べるには、フォークでも箸でもねぇっす。シフはスプーンで行くっす。」
そう言って、金属のスプーンを手にしたシフの眼前に店主が木匙を差し出す。
なんと、用意のいい。
シフは遠慮なくそれを受け取ると、食器を持ち替えて掻き混ぜる様子もなく猛然と食べ始めた。
「ところで、シスター達はなんで腕を無くしたんだ?」
さっきから、エノリたちの机をちらちらと見ていた他の客が2人に声をかける。
口に入った食材を飲み込みこんで、それに反応したのはシフの方が早かった。
「海賊退治っす。ちょっと、ヘマして腕と脚を無くしちゃったけど、まだまだ飛べるっす。」
シフが機械の腕を器用に曲げて、ガッツポーズを取って見せる。
「最近も、ウチはオーロラ級ガンシップを2隻沈めたから、バリ現役っすよ。」
共同撃破と言わないのは、言漏らしか故意なのか。
盛りすぎだろう。と他のテーブルの何人かが嗤う。
だが、彼女のカシャカシャと音を立てて動く義手は安い装備ではない。
全くの嘘だとは思われなかったらしく、それ以上の質問はなかった。
口の中を空にしたついでに、シフはこの後の話を口にする。
「この後は、アンネさんと2人のチビにお土産買って帰りたいっす。何が良いっすかね?」
「全く想像もつかないわ。」
子育ての経験も文化もない氏族の戦士がいくら考えようと、答えが出るはずがない。
民間の市場で乳幼児用の戦闘シュミレーターのヘッドセットを買っても、害しかないだろう。
「なんか鈴とか音のなるものがいいっす。どこに行ったら買えるす...か...ね?」
さすがに、一緒にいる時間が長いだけあって、シフは自らの問いに自分で答えに辿り着く。
小さな鈴ならば室内でも、空調の風で音を鳴らすに違いない。
賛成の意を伝えようと、エノリは姿勢を直して顔を上にあげる。
途端に、彼女たちを凝視する黒い顔からの無数の眼差しと視線が合わさる。
「えー...、なんか悪いこと言っちゃったすか?そしたら謝るっす。」
沈黙する店内の中で、2人は静かに両手を上げた。