Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Camp Jaipur HQ ,Briefing Room
Alyina System, Noida
Alyina Mercantile League
8 February 3152
《たけれども うすらいをふむ
きつねやに よものおろしに おこるさきもり》
この数十文字足らずの短い文は、整備士のサチコが詠んだこの船の現状だ。
わずかに31文字で構成された風流とやらを理解できる感性は、アリマにはない。
彼女の役割には創造の2文字はなかった。収奪と破壊、人から何かを奪うのが彼女の存在意義とも言える。
どんなに指を咥えても、どんなに焦がれても。何かを産んだり、育てたりする行為とはアリマは無縁だった。
「アリイナ星系の現状をさらっと調べたわ。」
この、さらっとの意味は多岐に渡る。恐喝、不法侵入に賄賂。手段によっては死人すらも発生する。
短時間で簡単に、という意味ではない。時間が許す範囲ででき得る限り、という意味だ。
「まず、この星系に雇われていたローンウルヴスはもうどこにもいないわ。彼らの代表はこの星系を半年間、防衛する報酬にこの星系で生産される氏族メック15機をマレーナに要求したんだけど、マレーナはこれを跳ねのけたわ。」
完全に棄却したわけではなく、相手の言い値は払わなかった。という話。
この星系はその重要さにも関わらず、たくさんの外敵に狙われていた。
宙図の北の方角からはヘルズホース、南東の方角からはズデーテンにいるファルコンの残党がこの地を狙っている。
それらから、星系を守り切る力は今の商人連合にはない。
それにも拘わらず、マレーナは傭兵たちへの報酬をケチり、彼らとの新たな信頼関係の構築に失敗したのだ。商人女王の財布の紐は必要以上に固く結ばれている。
「あたしたちは自分たちの巣の安全を守るためにも、女王様にはもう少し、この世の理不尽さを知ってもらう必要があるわ。」
アリマの背後のパネルに、一隻の黒い降下船が映し出される。
数週間前にアリマ達が交戦したのと同じオーロラ級だが、僅かにその構成が違う。
船体に武装を山積みしたガンシップ型ではなく、4機の戦闘用メックベイを備えた輸送機型の構成だ。
黒塗りの船体に僅かに残る隼の絵柄から、それが失われたはずのビネッティビークの3番艦だということは明らかだった。
「この船は、数か月前に行方不明になった商人連合のヴォルトシップを、SeaFox氏族が捜索する過程で見つけた、ってことになってるわ。」
それを額面通りに鵜呑みにするかどうかは、別の話。
船の発見時に生存者どころか、船内には遺体ひとつ残っていなかったと聞けば、首を傾げるのがアリマの仕事だ。
何らかの手を使って、SeaFoxが搭載されたメックごと、この船をビネッティビークから奪ったと彼女は考えている。
そんな不当な手段で奪われた、資産をそのまま放置する謂れはない。
「乱暴狼藉を働く気はないわ。あたしたちは、あたしたちの所有物を返してもらうだけ。作戦にメックは使わないし、戦闘車両も、気圏戦闘機も使わない。」
アリマはそう言うと、パネルの絵を切り替える。
スライスされた食パンのような船体は、ノイダの工業地区の一角の密閉された格納庫の中にあった。
オーロラ級降下船は、鹵獲されたあと、船内の検査が終わるまではアリイナの軌道上に放置されていた。
地上に降ろされたのは、ドルジ達がこの星系に降りた後、ここ数日の話になる。
「真っすぐに建物に進入して、脇目も振らずに船に乗り込む。乗り込んだら、そのままエンジンを起動して脱出するわ。」
アリマが腕をすっと上に伸ばすと、それに合わせて建物の構内図に、赤い進路を示す線が引かれた。
入り口から、真っすぐ格納庫に向かい、格納庫の扉から外に出るまで。その道は驚くほどに直線で描かれている。
「ナラン、あたし、ゾリグ...あと、ペトロフを連れて行くわ。」
「潜入作戦?」
名前を呼ばれた面々を思い浮かべたのか、アレフが渋い顔をした。
アリマを除けば、作戦に参加する男たちの身長は平均しても優に6フィートを超える。目立つな。というのは無理な話だ。
大人数で格納庫に押し掛ければ、SeaFoxはその分、早く反応する。
強奪班は少数に抑えなければならないが、このままの人数では頭数が足らない。
「マイと...リーザを連れていけ。」
天上の言葉が、策に力と鍵を補う。
アリマは彼の人選に少しだけ驚いた顔を返したが、その言葉に異を唱えるような愚は冒さない。
部隊の全ての策は、彼の承認を経て完成に至る。
アリマの足らない部分を、彼が埋めることで策が完成するのだ。
もはや、存在を隠すことすらしなくなった"誰でもない者"は、今や平然とそこにいる。
いつになれば、彼は名乗るのか。彼の意思は誰にもわからない。
「作戦開始は2時間後。9時間後には、私たちはここに戻ってるわ。」
アリマは彼の隣に侍るプリヤンカと視線を交わらせた。
身重でも、頭は働く。と、母になる女が編み出した策を振り返る。
お互いを化かし合う狐たちから、大量の兵器をごっそりと奪う。
海賊でもギャングでも、青ざめるような強奪作戦。
だが、彼女達の主が誰であるかを、あの商人女王に教え込むには最上の方法だった。
──ファルコンの戦士に誉れあれ。
アンネのように、祝福でも口にしようかとも思ったが、アリマはその言葉を飲み込む。
戦地に乗り込んでいく兵士の力のない祈りが何かの役に立つとも思えなかった。
ターニャの和歌講座
《猛れども 薄氷を踏む 狐矢に
四方の颪 興る防人》
サチコさんが彼女たちの状況を詠ったという防人歌風の一首です。
迫るSeaFox氏族の謀略への備えは少ないが、味方の士気は高い。
四方から迫る敵から身を守るべく、戦士達は動き始めている。
SeaFox氏族の強い影響下にあるアリイナ星系の中にあって仲間たちが大人しく従うはずもなく、
星系での立場を固めるために色々と策動している仲間たちの様子を歌っています。
薄氷(うすらい)という言葉や颪(おろし)という冬の季語で、私たちの厳しい状況を表わし、
猛る、興るという言葉でそれに負けない気持ちを表現しています。
狐矢という言葉は、流れ弾という意味とSeaFox氏族の両方を示しています。
流れ弾が届くほど近い距離に相手はいる。その敵とはSeaFox氏族のことだとサチコさんは睨んでいるようです。
万葉集の防人歌群のような歌でありつつも、古典和歌の自然詠のように状況をまるで自然の脅威のように詠んでいます。