Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
New Delhi–Noida Direct Flyway
Alyina System, Noida
Alyina Mercantile League
8 February 3152
『倉庫区域からNNDフライウェイを東進中。周囲に不審な車影なし。』
地上を走る車両からの雑音混じりの短い通信が、ヘッドセットを鳴らす。
2番機の下を走る広い高速道路を見下ろせば、物々しい車列が車線に入っていくところが見えた。
『そして、男は手酷い目に遭うのです。とならないと良いね。』
『不吉なことを言わないでくれ。空に騎兵隊がいるとはいえ、地上は全員見掛け倒しなんだ。』
基地に停泊する降下船の艦橋を司令部にしているマリオが、古い西部劇の言葉を拝借する。
オーケの言う通り、オチルを除けば地上の輸送団は全員が整備班の男達だ。
彼らには銃撃戦どころか、チェイスすら経験がない。
『そうかい?ドラコ連合のニンジャ部隊に追われるよりはよほど楽な相手だよ?』
だが、かつてのフィクサーはそう言って、彼らを揶揄う。
肝の据わり方で言えば、確かに彼らは素人ではなかった。
だが、何もないに越したことはない。
ドルマーは、トラブルを期待するようなマリオの言葉は好きになれなかった。
『車列の進行先から見て7時の方向から、お客さんっす。』
6番機が警告を発すると、全員に緊張が走る。
空を飛ぶ3つの点が、コクピットのレーダーに映っていた。
――遅刻よ、アリマ。
ドルマーは心の中で呟く。
機体を翻して、機首を西に向ける。
6番機も遅れて2番機と機首の方向を揃えた。
『おっぱじめるっす。』
シフはそう言うと、射撃管制装置で飛んでくる2機の戦闘機を捉える。
2番機のHUDにも、それらを囲う赤い枠が表示された。
途端に2機の戦闘機は降下船を追うのをやめて、別々の方向に進路を散らした。
ドルマーはそれを見届けると、回線を開いて降下船に向けて警告を送りはじめる。
「貴船らは我々の作戦空域に進入しようとしている。反転せよ、さもなくば撃墜する。繰り返す、反転せよ、さもなくば撃墜する。我々は貴船が市街地に堕ちようと知ったことではない。」
これがただのパフォーマンスであることは、周囲に知られてはならない。
慣れない演技に緊張にした声は、ドルマーが意図していたよりも遥かに冷酷に響いた。
オープン回線で行った彼女の宣言には、さっそく地上からの抗議の声が殺到する。
『くっくっく、いいねぇ、一気に我々は悪者だ。』
その様子を聴いたマリオが、溜まらず笑いだした。
2機のVisigothは、その言葉が偽りではないことを示すべく、すれ違いざまに降下船の背に銃撃を加える。
融解した装甲板のいくつかが真っ赤に染まり、その下から炎が噴き出す。
その様子に通信機の向こう側は更に沸いた。
『ジャイパー基地のVisigoth、その船舶は我々の獲物だ。手出し無用で願いたい。』
「そうか、つい先ほどその船舶は我らの獲物となった。手出し無用で願いたい。」
上空に退避した2機の戦闘機からの苦情に、ドルマーは感情を抑えた声で同じ言葉を返す。
『そこは工業地区だ。撃墜はやめてくれ、頼む!』
ニューデリーの管制官からの悲鳴を無視して、更にドルマーとシフが降下船の船体に機銃を浴びせると回線の向こう側はいよいよパニックに陥った。
ライトオブヘヴンという傭兵団に所属する2機の戦闘機は、彼女達へ直接干渉することを明らかに避けている。
彼らに指示を出す側が、この件をどう収拾すべきか迷っているのだ。
ドルマー達が意図的に、彼らに対して殺る気を見せなければ、もう少し時間を稼ぐことができる。
万が一、彼らの指揮官が有能だった時のことを考えて、ドルマーはシフに彼女の疑問を投げかけた。
「上空の2機は、私の知らない機影だわ。」
『LuciferⅢCっす。中心領域のフネにウチの氏族の改修が入った機体っす。』
シフはドルマーの右後方にぴったりとついて、編隊を維持している。
そんな気はないが、シフの機体はドルマーの機体の盾になるような位置を飛んでいた。
『星間連盟時代のカッコ悪いデザインを排して、シャープなデザインに変えただけじゃなくて、装甲も武装も全部刷新されてるっす。正直、別モンっす。』
「相手の方が格上ってこと?」
ドルマーは独りで眉を顰める。
戦闘機同士の戦闘は本来ならば、互いが見えない距離からの遠距離戦で勝負がつく。
しかし、もしも互いを目視できる距離での格闘戦になれば、機体の性能差はその勝敗に大きく影響する。
仮にそうだとしても、負ける気はしない。それでも、相手との性能差があるのなら、事前に知っておきたかった。
「安心するっす。所詮は支援機、互いに目視できるような距離ならば、格闘機動の得意なVisigothの間合いっす。」
確かにこれほどに近しい距離ならば、支援機と呼ばれる機体の照準装置は有効に働かない。しかも、速度を出して離脱しようにも大気の層がそれを邪魔する。
全ての条件に於いて、こちら側が有利だった。
頭の上を舞う堕天使たちへの興味を失ったドルマーは再び回線を開いて、降下船に呼びかける。
「うるさい商人どもに免じて、慈悲をかけてやる。着陸脚を降ろせ、本機の誘導に従い地上へ降りろ。早くしないと、ファルコンの戦士は気が短いぞ。」
ドルマーの口上は全て事前に決められて、オリジナルではない。
台本の通り、降下船は脅し文句に答えて細い金属の脚を露わにした。
「...いいだろう、それではファルコンの巣へご案内する。」
降下船からの応答はないままに、一方的に通信を送り付けるとドルマーは機体を降下船の後ろに移動させる。
オープン回線から、その様子を固唾を吞んで見守っていたノイダとニューデリーの管制官たちの安堵の声が聞こえた。
『熱演ご苦労さん、ところでドルマー君は女優に興味はないかね。』
褒めているつもりなのか、揶揄っているつもりなのかわからないマリオの言葉にやはりドルマーは顔を顰める。
目の前のオーロラ級は、地上からの誘導に乗って徐々に高度を下げていた。
一瞬だけ、高度を下げるそぶりを見せた傭兵たちは、今度は地上に陣取っていたユニオン級の降下船からのレーダー照射を受けて、慌ててとんぼ返りを決める。
「シフ、任務に戻るわよ。」
黒塗りの降下船が地上に降りたのを見届けて、ドルマーは機体を再び翻した。
オーケ達が基地に帰還するまでには、まだまだ道のりがある。
しかし、任務はまだ終わりではなくても、もう猿芝居をする必要はない。
『カーテンコールは無しっすか!?』
通信機の向こうで叫ぶシフをとりあえず りつけると、ドルマーは緊張の糸が途切れてしまった自分に嘆息した。