Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Ep.30_01
Camp Jaipur , Hanger
Alyina System, Noida
Alyina Mercantile League
8 February 3152
「あたし、この子がいい。」
棒立ちする以外に能の無いトヤーが、二線級の新しい機体を欲しがって見せた。
一瞬だけだが、マイはそんな彼女に軽蔑の視線を送る。
――新しいオモチャなら、なんでも欲しがる子供と一緒か。
「お前にそれが扱えるのか?」
そう言いながら、マイはハンガーに収まった自分の機体を指差した。
今までは訓練用のシュミレーターの中の仮想機体だったが、今は彼女が元々乗っていた機体がここにある。
強奪したAurora級降下船は、確かに彼女たちがかつて乗っていた母船だったのだ。
乗っていたはずの乗務員の姿はどこにもなかったが、船内の設備は変わっていない。
ハンガーに格納されていたメックさえもそのまま残されていた。
お互い機体のシュミレーターを繋ぐと、同じ仮想空間でより実機に近い訓練ができる。
借り物の機体でもなく、偽物の機体でもなく、マイは目の前のヌルの妹に実力を示す良い機会だった。
重量級のCrossbowを扱えない駄々っ子が、軽量級のJennerIICに乗ったところで勝敗が変わるわけではない。
しかし、トヤーは驚くべきことに頷きを返してみせた。
任務を終えて、多少疲れがあるとは言え、その挑発的な態度にマイは我慢がならない。
「いいだろう、ブチのめしてやる。」
彼女は、それだけを伝えると、義理の妹に背を向けた。
愛機に乗り込んで訓練用のモードで起動をする。
馴染みの機械音を耳にしていると、トヤーが乗り込んだJennerIICとの通信が繋がった。
彼女の座るコクピットからも、同じシステム音声が聞こえてくる。
『《リアクター オンライン》
《センサー オンライン》
《ウェポン オンライン》
《オールシステム ノミナル》...』
『ただいま...』
無機質なシステム音声に、トヤーの呟くような小さな声が続く。
いつも、もたついているばかりの彼女とは口調が違う。
その声はどこか懐かし気で、楽しそうですらあった。
ふと胸に過った不安を、マイはすぐに鼻で笑い飛ばす。
――仮に少し何かが変わったところで、この私があの怠けモノに負けるようなことはない。
カウントダウンと同時に、マイは仮想の戦場を駆け始めた。
五感を研ぎ済ませて、センサーが拾う僅かな情報から敵の居場所を突き止める。
NovaのセンサーはすぐにトヤーのJennerIICの足音を拾った。
マイはジャンプジェットを吹かしながら、素早くその位置に移動する。
僅かな起伏に柱のような岩が並ぶ谷間。
ここが、今日の狩場だった。
マイはヌルの妹への評価を少し上向きに修正する。
トヤーは彼女がJennerIICを見つける前から、Novaの接近する方角を知っていた。
彼女の機体の向きが何よりの証拠。マイは巧みに彼女の背後に回り込んだはずだったが、その目論見は失敗している。
何よりも驚くべきことに、今日のトヤーの機体は歩くどころか、走り跳び回っていた。
「訓練生時代のオドンの乗機はChargerC。僕たち姉妹の中で高機動機を扱わせたら、彼女の右に出るパイロットはいない。」
ヌルの言葉を思い出す。
――そうとも、だから私は、お前に一切の容赦をしない。
マイは全ての感覚を研ぎ澄まして、機体を操縦桿を前に倒した。
一方のトヤーは左右の発射器を使い分け、煙幕を張りながら、地形と煙を盾に猛接近してくる。
稀にロックオンの警報がマイのコクピットに響いて、何本かのミサイルがNovaの機体を追う。
「インファイトは彼女の間合いさ。多少の重量差なんて、本気の彼女は気にしてくれないよ。」
急激に短くなっていく、互いの距離に再びヌルの助言を思い起こす。
そんな、彼女の前に煙を破って翡翠色の機体が現れた。
慌てて姿勢を制御し直すNovaの前でJennerIICの膝が大きく曲げられて、姿勢が低くなる。
『コンバットパターン、実行!』
トヤーの声が通信機に響くと同時に、JennerIICの重量がそのまま地上をスライドして前に進む。
ジャンプジェットの噴射で、ほとんど水平方向の勢いを増した鋼の塊が凄まじい勢いでNovaの胴体にぶつかる。
マイはどうにか衝撃を受け止めて、機体の水平を維持した。
操縦桿とペダルの操作だけでは足らずに、ジャイロにいくつもの追加の指示を出して姿勢を保つ。
だが、一瞬でも視線をJennerIICから外したことで、マイの運は尽きた。
視線を上に戻すと、宙に舞い上がったトヤーの機体が、陽光を背にしている。
地に引かれる引力と機体の重量を載せた鶏のような鋼の足は、容赦なくマイの頭部を目掛けて振り下ろされた。
その絵を最期に、Novaのコクピットのモニターは一気に暗転する。
サブモニターの一つが、今回のシュミレーションの無慈悲な戦績だけを表示した。
マイは目を見開いたまま、その明滅から目が離せないでいる。
陳腐な数字で表わされるまでもなく、この勝負は彼女の負けだった。