※この作品はR-18です。

Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants   作:Sykyu

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Ep.30_06

Camp Jaipur , Connecting bridge

Alyina System, Noida

Alyina Mercantile League

12 February 3152

 

 何度目かのため息をつく。

 手元の細く切られた紙を眺めて、数時間。

 せっかくの休暇を、こんなことに費やしている。

 

 あまりに放置されて、乾いてしまいそうだった黒い液体を、ゆっくりと筆に含ませた。

 そのまま、さらさらと文字を紙に収める。

 

 《しもかれの ことうのかほり いぶすぎん》

 

 窓の外で聳える赤い降下船の先の方を見上げながら、自分が書いた文字の通りに詠み謡う。

 声に出しても、その次が心に浮かばずにサチコは黙りこくる。

 筆を置き、脇に置いた刀を鞘のまま手元に寄せ、眼前に立てた。

 左手の親指で荒波の刀身を僅かに覗かせた後に、もう少しだけ刀身を現す。

 そして、元の鞘に納める。

 鶴の文様が描かれた鍔と鞘の口がぶつかると固い金属音を鳴らす。

 その音は、静かな部屋によく響いた。

 

 《だれがそでのか はなぞまいける》

 

 突然、後ろからかけられた声に振り向けば、背の高い女が四角い眼鏡を直しながらそこに立っている。

「あなたの詠んだ歌は古来の句の猿真似です。その調べはあなたのものではありません。」

 リーゼが更に口を開く前に、サチコは返された歌をそう評した。

 ライラ共和国の語圏に住む彼女がドラコ連合ですら使われることのない古語を学ぶのは、困難であったはずだ。

 だが、その努力は紡いだ歌への評価を左右しない。

「それは失礼しましたざます。」

 酷評に特に悪びれた様子もなく、リーゼは首を垂れた。

 サチコはそれに何も反応しない。

「教養には弱点があるざます。」

 リーゼはサチコの横で、彼女と同じような姿勢で座るといつもの教養の話題に入った。

 しかし、それはいつもの賛美ではない。

「いくら教養を重ねても、それが新たな創造に至るとは限らないことざます。」

 それを口にすることで、何をサチコに伝えたいのかまでは彼女は語らずに終える。

 

 2人で駐機場に並ぶ、2隻の降下船を眺める時間が続く。

 先に口を開いたのは、サチコだった。

「どうして、オスクは私をあの船の艦長にすると言い始めたのか、私には分かりません。」

 せっかく結ばれた2人なのに、なぜ乗る船を分けるような真似をするのか。夫となった男の差配の真意が齢19の彼女には読めずにいた。

「サチコ様は楯岡家のご令嬢ざます。お家再興の野心があるのであれば、船の一隻も指揮できなければということざます。」

「わたしは...」

「お家再興のお心が無いとしても、サチコ様には将としての教養があるざます。」

 言い返そうとしたところを、リーゼに更に畳み掛けられる。

 座ってもなお高い背丈に威圧されて、サチコは黙ってしまう。

「艦長殿は全ての可能性を考えた末に、サチコ様の可能性を一番に取られたざます。」

「そんなことは、わかっておりますっ。」

 窘められるようなリーゼの言葉に、少し彼女は声を荒げた。

 すぐに心の平静と声の調を取り戻しても、その代わりに目に涙が溢れる。

「それでも...、それでもサチコはオスクのお側にいられないのが寂しいのです。」

 顔を背ければ、その勢いだけで涙が宙に散った。

 そんなサチコの頭を、リーゼは両手で小さな力で抱きよせる。

 抱擁の中で、サチコは自分の身体が小さく震えていることを感じた。

「離縁されるわけではないざます。あの殿方が斯様に若い可憐なサチコ様を袖にするようなことは有り得ないざます。」

 歯を強く噛み合わせて、口から音を漏らさないようにと強がる。

 そんなサチコの表情を隠すように、リーゼは彼女の肩を抱いて、背を撫でた。




ターニャの和歌講座

《霜枯れの 古塔の薫り 燻す銀
    誰が袖の香 花ぞ舞ひける》

 新婚早々にも関わらず、別居を申し伝えられたサチコさんと、通りすがりのリーザさんの二人がかりで詠まれた一首です。

 霜に枯れてしまった古い仏塔から、ほのかに漂う燻された銀のような薫っている。
 これはいったい、誰の袖に焚きしめられていた香りだろうか。
 それはまるで花びらが舞い散るようだ。

 連歌のようにして読まれたこの歌は、2人の対話です。
 場面に合わせて、句を凄く意訳します。

上の句(サチコさん)
 冬の厳しいラサルハグの星系から飛来した降下船。そこからは夫のオスキャルの薫りがしている。
下の句(リーザさん)
 オスキャルから漂う花のような薫りの正体は、あなた(サチコ)だったのですね。

 上の句では冬の季語「霜枯れ」ですが、下の句は「花」で春の季語を採用しています。
 同じ歌の中で枯れと生、静と動を対比させて季節が変わる様子を表しています。
 「霜枯れ」という文言からはサチコさんの寂しさと悲しさを読み取れます。同時に古い塔に見立てられた紅い降下船の由来も示しています。
 「ことう」は「古塔」としましたが、「古刀」と読むこともできます。
 手元の和刀をサチコさん自身と見立てて、自分の感情と感情の対象を、17文字で一気に歌い上げています。
 燻し銀は、刀剣の薫り、降下船のこと、そして夫の老艦長のことまでを同時に表しているのです。
 下の句では、上の句からの嗅覚の流れを引き継ぎます。
 薫り→燻し銀→袖の香と縁語を繋いでいます。
 「だれがそでのか」は「誰が袖の香」としましたが、「か」をかなのままにすると、この7文字は疑問の言葉とも感嘆の言葉ともなります。
 誰の香りだろうと思っていたが、貴方だったのか。という驚きの言葉がここに重なっていると思います。
 「誰が袖〜」は古典和歌に既にある語の並びで、これは本歌取りという技法です。
 借りたモチーフに呑まれて、ただの模倣になってしまう危うい技法であることは本文中で指摘されている通りです。
 上の句と下の句の合わせて31文字に色々な情報の詰まったやり取りでした。
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