Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Camp Jaipur , Communication Tower
Alyina System, Noida
Alyina Mercantile League
13 February 3152
双子の誕生の後、ほどなくして、ナランは聖域の守護の任を解かれた。
聖域にはまだ、2人の腹を大きくした女達が残されていたが、彼にはもはやその部屋の入り口を見つけるすることすら叶わない。
居場所のアテすらなかったが、ナランは双子の母親の姿を探して、基地を歩き回った。
しばらく彷徨った後に、ようやく彼は通信塔の屋上で彼女の姿を見つける。
基地の正門方向から、何も遮るものがない空間に不安を覚えても、ナランは何も言葉にしない。
彼女が、自分の置かれた状況の危険性を知らないはずがなかった。
アンネは、ただ灰色の低い雲底を見上げている。
背の高い装置の並ぶ、固い床に静かに座り込むと、彼女の身体が動くのを待つ。
――必ず、いらっしゃると思っておりました。
口を開くことも、彼の方に視線を向けることもなく、アンネはそう告げた。
「...はい。」
その状況に慣れているナランは、それに短く答える。
「特別なことを成す必要はありません。ありのままの貴方であれば、機は訪れます。」
いつもと同じように、なんの前置きもなく、彼女は神託を始めた。
ナランはただ首を垂れて、黙ってそれを聞く。
空のどこかで雷鳴が轟いた。
その音が全て止んでから、彼女は言葉を続ける。
「...ただ、機を逃さずに捕まえられるかは貴方次第です。私達は貴方に助言をしたり、手伝ったりすることは出来ません。」
アンネは悲しそうな表情で、首を左右に振った。
少し間を置いた後に、彼女は神託の終わりを告げるように彼の方に向き直る。
ナランは表情を変えないまま、アンネを見上げる。
与えられた言葉に示唆が何も無くとも、彼はそれに不満を感じることはなかった。
――チャンスはある。
鼓舞や慰めではなく。彼女がその言葉を口にする。
その意味を、かつての聖域の守護者は誰よりもよく知っていた。
ナランの反応に納得したのか、彼女は再びナランに背を向ける。
高々と右の手を掲げ、アンネはしばらく天をかき回すようにその腕をぐるぐると回す。
空を覆う灰色が濃くなり、やがて基地の周囲を闇が包む。
その手を彼女が固く握ると、巨大な音を立てて、どこか近くの大地に雷が落ちた。
――狐達よ、選びなさい。雷に撃たれるのか、逃げ帰るのか、どちらかです。
小さな冷たい声が、通信塔の屋上にいる人間達の脳裏に響く。
彼が気が付くことのなかった、無数の気配。
その全てが、同時にお互いの存在を認識した。
アンネの声を聞いたナランは、立ち上がって身構える。
ナランとアンネを囲んでいた10人足らずの潜伏者が、戸惑いと困惑の感情を発したのは、ごく短い間だった。
次の瞬間、その誰もが、胸や首を辺り抑えながら、手に持った凶器を取り落とす。
ナランは咄嗟にアンネの脇に立ち塞がり、基地の正面から彼女へと繋がる線をその身で遮る。
その先には、ナランの目には見えない狙撃者がいるはずだった。
――そちらの側の居た者は、既に雷が焼きました。
「念の為です。」
頭の中に響く、静かな声に彼は自らの肉声で返事をする。
以前よりも、より強大な力を扱うようになった彼女だ。
狙われているとなれば、どれだけ警戒をしても、やり過ぎということにはならない。
暗殺者たちは身体のどこかを抑えながらも、それでも武器を手に取り戻そうと床を這っている。
それを見たアンネは、再び悲しそうな表情を浮かべながら、両の手で空を掴んだ。
生卵が潰れるような音を立てて、あるものは股の下を、あるものは腹の下を抑えながら泡を吹いて白目を剥く。
苦悶の源の差が、声の主の性別の差であることにナランは少し遅れて、気が付いた。
――子を己の身で成すことを止めても、その手段を断たれる痛みは変わらないのですね。
床に伏した何人かの狼藉者の目の奥を確かめて、ナランは大きく息をつく。
「そのようです。息を残しているものはいないでしょう。」
外からは確認しようがなかったが、ナランはアンネが彼らが体内の生殖器を潰されたのだと理解した。
彼らの苦悶は、人間の急所への直接攻撃によるもので、彼女の言うような意味合いではない。
アンネの所業に、ナランは自分のものが怯えて竦んでいるのを感じた。
しかし、彼のその部分にどこからか活力のようなものが流れ込んでくる。
――...宿主を失った生命の種子は、あなたに全て託します。
頭の中に響くアンネの声は、本当に何かを悲しんでいるように、どこか苦しんでいるようにすら聞こえた。
ぽつぽつと降り始めた雨の雫から彼女を護るように、ナランは自分の上着を被せる。
何も言葉を紡ぐことなく、アンネはその下に表情を隠した。
アンネの身は、耳を手で塞ぐように抑えて小さく震えている。
彼女が自分の身に何をしたのかを、彼が知る由もない。
逆に彼女の身に何が起こっているのかについても、ナランにはわかりようもなかった。
仮に誰かに説明されたところで、隼の氏族の戦士が理解できるような話ではないことを彼は知っている。
彼女の知識や能力、それらはもはやNovaCat氏族の幻視の範疇に留まっていない。
ただの摩訶不思議な幻覚が見えるだけでも、この世界は彼らの存在を疎ましく
「基地の中に入りましょう。大事な御身です。」
強くなる雨音に負けないように、ナランは上着の中に声をかけると、彼女の肩を押す。
僅かに抵抗をした後に、アンネは彼に従って通信塔の中へと戻る扉を潜った。