Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Ep.31_01
Camp Jaipur , Reception Room
Alyina System, Noida
Alyina Mercantile League
14 February 3152
「泥だらけの靴で他人の家に上がり込んで、床を汚れていると言うのか。」
チェゲは悲しそうな声で両手を広げる。
それを呆れた表情のアリマが、その姿を見下ろしていた。
「強盗呼ばわりした相手に助けを求めている、あなた達に言われたくないわ。」
腕を組んで、壁に背を預けながら機嫌悪そうにその壁を後ろ足で蹴っている。
チェゲは商人連合のただの遣いで、この軍事組織に協力を依頼しに来る以上の権能を持っていない。
アリマが依頼の裏の意図を疑ったとしても、彼がその答えを持つはずがなかった。
必要最低限の情報しか持たされていないことが、彼の安全を保障している。
チェゲの座る来客用のソファの対面には、椅子に座って目の前の机に載せられた平たいパッドを器用に操作するシフがいた。
彼が先ほどアリマに伝えた依頼の情報を元に、彼女はその裏取りを本人の目の前でしている。
彼が話している間は、彼女は小さなノートにペンでメモを取っていた。その時はノートを抑えるだけだけだった機械仕掛けの左腕。
その義手の5指は、今やタブに外付けされたキーボードのキーをカタカタと滑らかに打鍵している。
その指の動きが生身の人間のそれとほとんど変わらないことに、チェゲはこっそりと不気味さを覚えた。
そんな彼女が忙しいのは百も承知。それでも、激昂しているハリネズミに触るよりはと、チェゲは彼女にこっそりと話しかける。
「火もないのに煙が出ている。サワ、誰かあの人に何かしたか?」
「突然、連絡寄こすから、街歩きデートがキャンセルになったっす。日が悪かったっすね。」
彼の困惑にシフはタブから視線を離さずに答えた。
彼女の手元のキーボードが一際大きな音を立てると、部屋の壁の暗かったモニターに緑色の星図が浮かび上がる。
「アポラッキア星系の情報をモニターに出したっす。アリイナ星系から5.7パーセク、18.5光年離れてる黄白色の矮星っす。」
画面に投影された星は全て緑色の線で描かれているので、アリマやチェゲにはその星の色は分からない。
モニターに表示された絵図は、アリイナからアポラッキアまでの星間距離を示した後に、恒星から3番目の惑星を矢印でポインティングする。
到達まで19~20日という表示を無視して、シフはモニターには表示されていない情報を喋りはじめた。
「人が住んでるのは第3惑星で、陸地は南部のロードスと北部のレムルスに分かれてるっす。
惑星内の唯一の大きな河はステュクス河と呼ばれていて、流れているのは海水に匹敵する塩分濃度の辛い水っす。
住人は星間連盟時代に建設された浄水場、海水の淡水化施設、地熱発電所の3つの施設のお陰で生きていけるっす。これらの施設はロードスにしかないので、レムノス側は農業にも生活にも向いてないっす。
ところがレムノスには鉱物資源がいっぱいあるっす。天然ガスに銅、鉄、モリブデンにベリリウム、全部、超重要な軍事資源っす。そのせいで、この惑星の鉱業と製造業の拠点はほとんどがそっち側にあるっす。
辺境の星系の中では、立地が良くってアリイナ星系の生産能力を支える超重要星系っす。
だから、ファルコンもこの星には要塞を建設してたっす。」
チェゲとアリマは、緑色の線で描画された張り子の球形のモデルが表示されただけのモニターを見つめながら、同じモニターを見上げているはずのシフの話を聞いている。
チェゲは最初は彼女の語るデータが画面のどこかにあるものと、目を動かして探していた。
だが、それが徒労だとわかると誰かの助けを求めるように、首を右に左にと揺らす。
彼女の話は最初こそゆっくりだったが、河の説明のあたりから急な加速を始めている。
ファルコンの要塞の話をする頃には、どこかで舌を噛むのではないかと思うほどに早口になっていた。
「数年前にケルハウンドの輸送船がファルコンの追撃からの逃走劇を繰り広げたっす。その時に、降下船の一隻がこの星にある着陸パッドの一つに墜落して再起不能になったっす。
その一件の最中にケルハウンドが浄水場も一部も破壊したから、もう滅茶苦茶っす。」
「そこの守備隊だったロー銀河隊の残党が、蜂起して現地の商人達にちょっかいを出しているのね?」
放っておけば、まだまだ喋り続けそうなシフを制して、アリマがチェゲ達の座るソファに戻ってくる。
チェゲにはその表情が疲れているように見えた。
「惑星の守備に就いていたのは第18ファルコン正規部隊っす。二線級の部隊とは言え熟練の部隊で、5年前に近隣の星系にヘルズホースの第71機械化騎兵隊が侵攻してきた時はこれを撃退してるっす。」
「アポラッキアにいたアリイナの商人、その残党に追い出された。商人連合はここ、早く取り返したい。」
再び口を開いたシフの言葉を遮るように、チェゲは慌てて改めて要件を言葉にする。
自分のいつもの口調を投げ捨ててでも、もう座学の時間は取りたくない。
特徴的な語調で散々に人の調子を崩してきたチェゲの話術は、凄まじい早口で喋る若い戦闘機のパイロットによって容易く打ち砕かれていた。
シフの表情を窺えば、隙あらば何かを喋り始めようと、口が準備運動をしている。
ゆったりと喋ろうものなら、あっという間に彼女に主導権を奪われそうだった。
住人の人種、主要な交通手段、有力者の名前、現地で流行の歌謡曲、イケている飲食店。
なんでも喋りだしそう彼女から、チェゲは慌てて目を逸らすと、正面で机の上に足を投げ出しているアリマに視線を戻した。
「片道20日間か...。」
小さな策士は唸り声をあげる。
その声はどこか納得がいってなさそうだった。
「そんな状況なのに、なんで商人連合はズデーテンに兵隊を返しちゃったのよ。」
アリマはマレーナが降下船で送り出した戦士達のことを指摘している。
チェゲも一人の傭兵だ。
教わる情報を鵜呑みにして、雇い主の状況や星系の情勢を何も調べていないわけではない。
「群れを守る意思のない犬は、羊を食う。彼ら、今のアリイナを守る意思はない。」
いつもの口調を取り戻したチェゲに、アリマがそんな意思はあたしたちだってないわよ。と溜息を返す。
商人と戦士では物事の考え方が異なる。チェゲにとっても、商人連合の考え方は合わないものを感じることがあった。
それは商人連合の中でも同じで、商人女王の意図とは違う動きをする幹部や大商人もいる。
ズデーテンに送られた戦士たちは皆、マレーナと考え方を異にする不安定な存在だ。
送り込まれた追放者の中には、彼女の息のかかった密偵もいるのだろう。
チェゲは幸か不幸か、その名簿の中に含まれなかった。
それは彼がまだマレーナに手駒だと思われている証左だった。
「はぁ...、まぁ、それでSeaFox氏族が少し大人しくなるのなら説得のしようもあるかしら...。」
アリマの思惑はこの仕事が約束する範疇ではない。
だが、彼女の言う通り、SeaFox氏族にとってもこの星系の周囲の情勢が不安定化するのは思わしくないのかもしれない。
星系の内外の政治はチェゲの業務の範疇外だ。
アリマの意図が当たっていても当たっていなくても、それはどちらでも良い。
「どれだけそっちに部隊を割くかは、こっちの判断でするわ。返事は今日中にすればいいでしょ?」
考え込むようにあれこれと腕を組みなおしながら、アリマはチェゲの方に向き直る。
右の掌を見せながら、それで十分だとチェゲは頷いた。