Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Camp Jaipur , Hanger
Alyina System, Noida
Alyina Mercantile League
15 February 3152
油と埃の香る格納庫。
分解された2機の気圏戦闘機をオーロラ級降下船に積み込むために、整備士達だけでなく降下船の機関士たちも搬入の手伝いにきていた。
残された3機の翡翠色の氏族製気圏戦闘機が並ぶ空間には、いつものように怒号が鳴り響いている。
「お父様と違って、オチルは純粋なのっ!」
滑り止めのついた作業用の手袋に包まれた両手を振り上げて、ペトロフが今日も娘から叱責を受けていた。
ドルマーは、格納庫の入り口に近い場所からその声を聞いている。
灰色の床に膝をついた巨大な図体の父親は、その血をしかと受け継いだ体躯のペトロワよりも小さく見えた。
その様子は周囲からの好奇の視線を集めている。
搬送の手は止まり、気を利かしているつもりなのか、わざわざリフトの動力までが止められた。
「...私たちには、私たちのペースがあるのだから、お父様は彼に変なことを吹き込まないでっ!」
涙と共に放たれた叫ぶような彼女の訴えの声は、機械の音が停まった空間に良く響く。
ドルマーが腰をかけている椅子の側で、話題の当人が床に腰を降ろして座り込んでいた。
「...彼女のこと、止めなくていいの?」
半ば諦めた表情をしているオチルに、一応訊ねてみる。
彼の答えが肯定的なものにならないことはわかりきっているので、彼女の問いそのものに意味はない。
だから、ドルマーはオチルの答えを待たずに、次の言葉を口にした。
「...サリーナ兄さんは、ツェレンを困らせたりはしなかったわ。」
オチルはドルマーが口にした男性の名前を耳にした途端に、周囲を見回すように視線を巡らせる。
ツェレンの姿が格納庫にないことが確認できたらしく、大きなため息をつく。
「...久しぶりに、その名前を聞いた気がするね。」
ドルマー達、ツォンシャンの基地からこの部隊に参加している面々はその名前を意図的に口にしないようにしている。
彼が地球で還らぬ人となったことは、戦士達にとっては敗北の一部でしかない。
だが、それによってツェレンが未亡人となってしまったことについては、ただ単に負けた以上の意味を持っていた。
鉄の子宮から産まれたドルマーやオチルには、生物的な繋がりのある家族はいない。
離れた場所で続く若い女性の怒りの声がドルマーの耳の中に残る。
異性に興味を抱いたことのない彼女には、それは本当に遠くて、まるで共感のしようのない話だった。
サリーナの凶報を聞いた後に、姉が伴侶以外の男の腕に縋った時と同じくらい不快に感じる。
ドルマーには、彼女が嫌悪感を覚えている相手の正体を知っていた。
自然に産まれてくる生命の気配。
氏族の文化では不浄と教えられたはずの生物的な円環が、彼女の周りに満ちている。
ペトロワがオチルと自分達のペースで進めたがっていることも、要するに自らの身体に命を宿らせる行為の話だった。
「...オチルは、ペトロワと子を作るのか?」
ドルマーは、頭の中で言葉を選び抜いて、ペトロワの伴侶となることを選んだ同僚に訊ねる。
何も考えないように努めていても、壁ごしに聞こえたツェレンの乱れ喘ぐ蕩けた声が頭の中で響いた。
同性同士の交わりからは生まれることのない生命の香り。それが、ドルマーの表情を引きつらせる。
そんな、彼女の心を知ってか、オチルの返事は要領を得ないものだった。
「...わからないよ。」
ドルマーと視線を合わせることなく、彼は自分の耳たぶを掻く。
いつもの経験の不足からくる彼の迷いとは様子が違う。ドルマーは彼の足踏みが自分と同じ理由であることをすぐに察した。
それがわかれば、ペトロワの怒りの理由が彼女の父の発言の破廉恥さでないことにも気が付く。
「...僕だってね、氏族の教育を受けてきてるんだ。そんな簡単に常識をひっくり返せるものではないよ。」
口づけや、男女が交わること自体は氏族の戦士達の間でも現実にある関係だ。
だが、ペトロフやペトロワの望みはその先にまで続いている。
「...本当の意味での中心領域への帰還か...。」
ドルマーは、ぼそっと呟く。
氏族が地球を制圧すれば、大氏族長を中心とした星間連盟の時代が今度こそ到来する。
そうすれば、何かが完遂されるはずだった。
多少の抵抗はあれど、それは力でねじ伏せてしまえば良い。
ドルマーはそんな幻想を本気で信じていた。
しかし、帰還した先で何が起こるかを考えたことはない。
再び、ドルマーの脳裏を切なげに叫ぶツェレンの声がよぎった。
肌と肌のぶつかり合う音と、弾ける水音も。
腕っぷしで解決の効きそうにない相手に、ドルマーはただ無力を感じる。
文化や思想は勝利者が定めることだと、常に教わってきた。
しかし、氏族の帰還が成った後、自らを支えてきた常識の方が変化を要求されるとは、彼女は考えたこともない。
人腹生まれの女戦士を姉と慕っていても、恐れ知らずと評される戦士であっても、自らの胎内で遺伝子を編上げることに恐怖と嫌悪を感じる。
異性の腕に抱かれる自分の姿も、母親となる自分の姿も、ドルマーにはまるで想像ができない。
幸いなことに、オチルとは違って彼女には異性の相手はいなかった。