Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Camp Jaipur , Pad2
Alyina System, Noida
Alyina Mercantile League
16 February 3152
黒地の上に乗せられた赤、橙、黄の塗料。
鬣が靡くように描かれたそれらの色々は、真っ直ぐに寸分の狂いもなく直線の淵を飾っている。
馬の尾の毛を使って描かれる揺らめく炎の輝きが、完全に船体を取り囲むと周囲からは歓声が上がった。
「うほっぉーっ!ファイアパターンを描いたのは初めてだったけど、カッケー!」
塗料の跳ねた黄色い整備服の男達は拍手で最後の一撫でを入れたバヤルを讃える。
黒一色で覆われていた飾り気のなかったオーロラ級に、新たな息吹を吹き込もうと提案したのが彼だった。
「せっかく船を塗り直すのに、黒一色だなんて芸がねぇ。キャンバスの上にあるのは、自由だ!」
バヤルが右手を大きく振り上げると、筆の先の塗料が陽光を反射して輝く。
まるで、燃える灯火を掲げているかのような姿に整備士達は更に沸き立った。
定められたマニュアル作業に慣れた彼らからすれば、指示から逸した行動を取る彼の姿はまさに挑戦者の姿に見える。
「芸術は爆発だ!」
まるで、煽動者のように整備士達を鼓舞する彼の姿にマイも心を揺られていた。
両腕に下げていた塗料の入った缶を地面に下ろすと深い重量の跡の残る手の平を見つめる。
HellsHorsesとJadeFalconはかつての同盟者であり、氏族のドクトリンも元々は馬達のものだった。
歪んだ思想から解き放たれて、自由になった彼女にはよく分かる。
ここには、一切の束縛がない。
ドルジという家父長が居るとは言え、彼の指示が彼女達に直接届けられることは無かった。
彼女達はその気になればいつでもこの部隊を離れることすら出来る。
現にエノリは今日も、基地の外に食べ歩きに出ていた。
エレナは真っ白なブラウスとつばの広い帽子姿で、今日も呑気に散歩をしている。
マイがここで芸術の一端を担っているのも、彼女の意思だった。
オーロラ級降下船の両舷に備え付けられたモジュラーベイの扉が大きな音を立てて、上下に開き始める。
大きな金属の擦れる音を立てながら、その内側に繋留された翡翠色の巨人たちが姿を現した。
外側が終われば、次は内側の点検が待っている。
彼女は、整備士達からこの後の狭所作業にも誘われていた。
彼らと共に船内に向かう途中で、マイは整備士の一人に声をかける。
「なぁ、あたしのNovaに模様描くとしたら何を描いたら目立つと思う?」
「...マイさんの機体は緑地で黄色いラインが描かれてるから、これ以上何か模様を描き足すよりはマーキングとかの方がいいんじゃないかなぁ...。」
機体の整備をする彼らは一人一人に名があり、役割があった。
マイが話しかけた彼はシグルドという名で、メックのアクチュエイターなどを専門に整備する。
整備士達は専門分野だけしか知識がないわけではなく、それぞれに個性があった。
「パーソナルマークというやつか...。」
彼の提案を聞いて、マイは頭に浮かんだ単語を口に出す。
シグルドはそれに小さくうなずく。
「御大のTimberWolfにもあるじゃないですか。狼の顔に3本線のひっかき傷のあるやつ。」
「いや、あれはパーソナルマークでは...。」
彼の言葉を否定しようとして、マイは途中で口を閉ざした。
ウルフ氏族のマークの上から3本の取り消し線を載せた意匠は、その機体が鹵獲品であることを示しているだけである。
その侮辱的な内容を、氏族の出身者以外にわかりやすく説明する言葉をマイは持っていない。
そして、直接的に個人を指すような意味はなくとも、その絵柄は間違いなく個人と紐づいていた。
悩む彼女の目の前で、もう一機のTimberWolfが現れる。
Novaの収まるモジュラーベイの隣のベイには、エノリの機体が格納されていた。
マイ達4人の中で、唯一個人的なカラーリングの機体を持つのはエノリだけ。
翡翠色の機体が並ぶ中で、エノリの機体だけが唯一、彼女の髪の色と同じ黄色で塗られていた。
ただその色には誉れを表わすような意味は含まれておらず、純粋なファルコンの戦士ではない彼女の出生を嘲る意味が込められている。
肝心のエノリが、その明るい目立つ色を変える気がなかったから、特に強くは意見をしていない。
だが、マイはその仲間への悪意を含む色が大嫌いだった。
「マイさんは、蝶か蜂とか合うと思うんですよ。」
彼女の想いを知らずに、シグルドは手にした紙片にささっと明るい黄色で蝶の翅のような模様を描く。
武闘派の彼女には、勿体ないほどに可愛らしい意匠だったが、マイはそれを笑顔で受け取ることはできなかった。
シグルドに心の内を覗かれないようにと、彼からの視線を避けるために身を翻して自分の表情と感情を隠す。
長らく氏族という繭に包まれていたマイは、独りになる勇気がまだもてない。
彼女はまだ、ヌルやドルジが差し出す傘を必要としていた。