Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Ep.32_01
Hidden SpacePort
Alyina System, Sela Pass
Alyina Mercantile League
16 February 3152
雲海を貫く高さの山々。
標高2.5マイルを超える山頂を繋ぐ尾根の両脇は切立った崖になっていて、人一人が辛うじて歩むことのできるか細い道が糸を渡したかのように繋がっている。
寒々しい風の吹く中で、分厚い樹皮に覆われた100フィートを越える高さの針葉樹が地面を覆っていた。
誰が何のためにそれらを山の上に植えたのか、知る人間はいない。
たかが、数百年ほど前にこの地に寺院を建てようと考えた、酔狂な人間の仕業の意図など他の人間が知るはずもなかった。
テラフォーミングの効果が行き届いているとは言っても、この高さになれば気圧も気温も低く、酸素は薄まっている。
暖かい地表と比べれば、全てが別世界だった。
『26世紀の終わりに、この星は入植がはじまった。宇宙の果てまで足を伸ばしても、人が変わることはなかった。』
山を見下ろせる高度を飛ぶシフ達の耳に、地上からの電波が届く。
声の主は、アルタンエルデネ。
過酷な環境の中を飛ぶ彼女達とは違って、彼は地上で果汁の入った飲み物を片手に暖かいビーチで日光浴を楽しんでいるはずだ。
彼が口にする薀蓄も、どこか上機嫌に聞こえる。
『宇宙戦争は星と人を焼き、星間連盟の時代に住めるようになった星々は人の手によって死の星に変わった。
明日、自分が死ぬかもしれない。そう不安に感じた人類が宗教に回帰するのは不思議なことではない。』
まるで緊張感のない楽しそうな声と一緒に流れてくる氷と硝子のぶつかる音をシフは黙って聞く。
キャノピーに霰が衝突する音とはまったく違う、もっと軽い音。
彼の話の前置きが長いのはいつもの通り。
不幸なことに、その話を我慢しながら耳にする時間の余白がシフ達にはある。
『人は歴史を学ぶが、歴史からは何も学ばない。宗教や思想もまた争いの種だとわかっているはずなのに、人類は未だにそれを手放せんのだ。』
ケラケラと嗤う声を聞いていても、シフには何の感情も湧かない。
彼女は黙って視線だけを動かして、白い雲と高度計を交互に見やった。
半分に割った巨大なドーナッツのような形状のメットは、機体のシートに接続されている。
お陰で彼女の首の向きは、ほとんど自由が効かない。
彼女の仕事はこの輸送ヘリの操作ではなかった。
ヘリの腹部に取り付けられた白い円盤が彼女の仕事道具。
地図で自分たちの場所を確認すると、シフは手も指も動かさずにメットのバイザーを降ろす。
目標地点までの距離はあと僅か。
『君らが氏族でなく傭兵であれば、始める前に奨めるところだ。世から飯のタネがなくならないように祈るがいい。と。』
アルタンエルデネがそう言い切ると同時に、3機の回転翼機は尾根の上に建てられた、簡易基地の上に飛び出す。
剥き出しになった建材と溶解した装甲板の上を通り過ぎる。
ここはまだ、彼女たちの目的地ではない。ただの見張り台だ。
「目標まで、あと3分っす。」
ヘリが重い胴体の高度を下げていくのを肌で感じながら、シフは意識の先をバイザーの先に伸ばす。
意識が頭の後ろの方から抜けていき、身体に感じていた重力がなくなっていく。
不可視の手を伸ばし、ヘリの進行先の向こう側にいるはずの存在を鷲掴むと、己の意思をそこに引き寄せる。
そこで一瞬だけ、シフは彼女達が探し求める姿を、視た。
すぐに意識を自分の元居た場所に戻して、自らの口を動かす。
「翡翠色の集団を確認したっす。中央に実弾銃と片手斧のミイラ男。コマンダードルジは健在っす、全然隠れてねぇっす。」
眉を顰めながら、シフは通信機に自分が見たものを報告した。
彼女は何の比喩も冗談も口にしていない。
氷点下の青白い暗い世界の中に、火薬の放つ煌きとそこに浮かび上がるコートを着た幽鬼か亡者のような姿を見間違えるはずもない。
偵察と情報収集をしているはずの彼らはたったの11人。
その小勢はこの雪の残る山頂に建てられた要塞を、攻め陥とそうとしていた。
『情報収集って言ったのに、...相変わらずね!』
輸送ヘリの先を進む戦闘へりがアリマの怒声を発する。
作戦をブチ壊しにされているというのに、彼女の声は嬉しそうに弾んでいた。
『実弾と増援を連れてきて正解じゃないの。』
――これが、実物のツンデレっすか...。
シフはその感想を口には出さず、頭の中でいくつかのフイルムを思い浮かべる。
彼女の知る限り、もっとツンに相当する時間は溜めが必要だ。
映像の向こうの世界では、デレに至った時の効果を高めるために、そうしなければならない必然がある。
現実で同じことをやる意味はあまりない。
相手に嫌われそうな寄り道などはせずに、素直に相手に好意を向ける方が話は早いに決まっている。
「おっぱじめるっす。」
最短距離を高速で走り抜けてこそ、最大効率が得られるはずだ。
2機の戦闘ヘリが高度を上げていくのを見上げながら、シフは再びバイザーの先に意識を集中する。
キャノピーの先に視える青白い光景は、すぐに数字と記号の並ぶ空間に置き換わった。
肉体という軛から解き放たれた彼女の意思は、電子の海の中に埋もれた小さな小屋を見据える。
上空からの視認性を下げるために、小さくまとめられた施設の中の設備は、課せられた役割をかろうじて果たせる程度の規模でしかなかった。
アリマやドルジ達が敵の人員の相手をする間に、彼女が基地のシステムを制圧する。
バトルアーマーの分隊を乗せた輸送ヘリに、更に電子装備を積み込んだのはそのためだった。
シフが要塞の主記憶の中を覗き込もうとすると途端に、彼女を排除しようと猛烈な抵抗が彼女の意識を襲う。
不届きな侵入者を威嚇するかのように放たれ続ける攻撃的な処理は、もし彼女が一人ぼっちなら手も足も出ないほど苛烈なもの。
だが、正確な攻撃はその射手の場所を明確に教えてくれる。
電子の海に身を留めたまま、シフは要の座標をドルジ達に送り付けた。