Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Camp Jaipur , Head office
Alyina System, Noida
Alyina Mercantile League
16 February 3152
高温と煤を日々浴びている二の腕や背中は鍛えられた分厚い筋肉と脂に覆われている。
分厚い手の皮、その下で肉体を支える太い骨はどこもかしこも頑丈そうで、その手が繰り出す拳の威力はまるで大砲のようであることをシャロンは知っていた。
レンチやスパナを手にして殴れば、ほとんどの装甲板にヒビが入り、生身の人間ならば骨が砕ける。
サイボーグも真っ青になるような驚異の腕力を、彼女はその風貌と所作で巧みに隠していた。
ペトロワの鋼の肉体は、黄色いツナギ姿で覆われてしまえば、ふくよかな少しぽっちゃり系の体躯に見える。
少しだけ前にかがむような姿勢の癖と、断熱材の仕込まれた服のせいで、肩甲骨や背筋の隆起はあまり目立たない。
更に、ほろほろと涙を流す悲しそうな乙女の表情を見れば、もはや彼女の正体を気にする人間などいなかった。
「ええぇぇ...。」
「...そっかぁ、...そっかぁ...。」
シャロンはトヤーと困惑した視線を交える。
彼女の思い詰めた様子に、よほどのことが起こったのだと確信と覚悟をもって、彼女から事情を訊きだした二人の目には、同じような動揺が宿っている。
「...わたしが、...わたしがいけないんです。」
鼻をすする音をさせながら、ペトロワはそれでも彼を庇うように口から言葉を絞り出した。
「...わたしが、勝手に...彼の態度とか、所作で...純情を信じてしまっていたのが、いけないんです。
...まさか、私の他にも相手がいたなんて...。」
子熊のような手の甲で交互に真っ赤になった両目の涙を拭う。
トヤーも腫れた瞼を強く刺激しないように、取り出した白い布でそれを丁寧に手伝っている。
中心領域の倫理に疎い彼女は、ペトロワがなぜ悲しんでいるのかを良く理解できていない。
だから、彼女になんと声をかければ良いのか、わからないなりに彼女の力になろうとしていた。
でも、シャロンにはペトロワとほとんど同じ文化圏で生まれている。
「...わたしが、わたしが...オチルの初めてではなかったなんて...。
...そんな、...オチルが娼館のような場所に行っていただなんて...」
だからこそ、彼女の悲しみの理由を知れば知るほど、シャロンはペトロワの味方をしてあげることに躊躇いを感じていた。
オチルが二股をしている。というのであれば、彼女の悲嘆は理解ができる。
ペトロワというものがありながら、彼女の相手をせずに商売女の元に通っていた。という事情でも、友人の味方になれた。
だが、オチルがペトロワと出会う前に異性との性交を経験していた。というだけではどうにもパンチに欠ける。
しかも、そのせいでせっかくの初夜を迎えられなかったと聞けば、シャロンは彼の方に同情をしてしまった。
ペトロワ自身も、彼が初めての男性でないのだから、その涙には猶更同意しかねる。
オチルのためにも、シャロンはあまりに些細なことに悩む彼女を窘めようと考えていた。
そうできないでいるのは、シャロンが自分は彼氏に2度も初めてを捧げているから。
最初は後ろを、次に純潔を。と、彼女は同じ男性だけを受け入れている。
望むものを手に入れた人間にはわからない。とペトロワに反論されれば、彼女は返す言葉がなかった。
――サッチーも艦長が初めてだしなぁ!
ここにはいない智慧者の顔を思い浮かべながら、シャロンは助けを求める先を探して、両手で髪の毛をかき乱す。
息を強く吐きだすように、唸り声を出そうとして、視線の先にあるものに気が付いた。
乱雑に積まれた真っ黒な薄い布の山に埋もれた白い肉。
机の横の板に残る乾いた粘液の跡。床に残る染み。
座り込んでいた床からシャロンは腰を持ち上げて、祭壇に横たわる生贄のような女体の脇に立った。
本能が導くままに、2つ並んだ肉饅頭の片方を鷲掴みにする。
「...あっ、ああんっ...」
短い悲鳴のような甘い声で叫んで、その持ち主は静かに瞼を開く。
長い睫毛の下から覗く蒼い妖艶な光。その人を吸い込みそうな眼差しに魂を奪われて、シャロンの指先はまるで痙攣するように震える。
背を捩らせて、肢の内腿をすり合わせるアンネの姿に見とれている自分にはっときがつくと、慌てて小さく首を振った。
曇った視界をはっきりさせようとして、少し大きめの声で彼女に呼びかける。
「...なぁ、ちょっと助けてくれよ!」
シャロンの懇願を聞き入れてくれたかのように、静かな衣擦れの音と共に黒い布の塊は身を起こした。
焦点の定まりきらないどこか頼りない視線と、桃色の残る頬、胸元から僅かに覗く深い谷間。
だらしなく乱れた黒髪を耳の上に掻き上げながら、祭壇の上から白い素足を垂らす。
ただの気だるげな女の姿のはずなのに、シャロンはアンネから目を離せなかった。
彼女の後ろにいるはずの2人の友人の視線を背に感じる。
いつの間にか、ペトロワのすすり泣く声は聞こえなくなっていた。
目の前で放たれる迫力に気圧されて、シャロンの口は塞がらなくなっている。
あたりの様子を探るような目で、見渡した後にアンネは深く息を吸い込む。
――彼には、あなたしかいないのです。私にはこの人しかいないように...。
神託の声の主は、愛しそうに黒い布の上から腹を撫でてみせた。
彼女の声ははっきりとシャロンの脳の内側から聴こえる。
ペトロワが唾を飲む音が静寂の中から聞こえた。
――子を産むのです。1人、2人と言わず何人でも。
それが亡くなられたあなたのお母さまと、あなたを育ててくれたお父さまへの感謝の標となります。
力強い言葉に、なぜかシャロンまでもがアンネに頷きを返してしまう。
反論も、質問も許されそうな空気はなかった。
甘く香る質量を伴った圧力に負けてか、それとも畏れのあまりなのか、シャロンは股の間が潤うのを感じる。
「...ッ...。」
それは失禁ではなくて、もっと躰の内側から洩れ出す本能の雫がにじみ出している気配。
視界の外にいても、シャロンはペトロワが漏らした小さな声だけで、彼女の体も同じように反応をしているのだと判った。
――...私がお手伝いするのは、ここまで。
その言葉だけを少女たちに残すと、アンネは素足のまま床の朱い絨毯の上に降り立とうとする。
しかし、彼女の足の指が絨毯に触れる前に、彼女の姿は虚空に消えてしまう。
シャロンは目を瞬かせながら、ペトロワとトヤーの方を振り返る。
そして、朱の差した狐につままれたような表情を向け合った。