Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Hidden SpacePort
Alyina System, Sela Pass
Alyina Mercantile League
16 February 3152
狭くるしい格納庫の中で、Spiderが単騎で片手の剣を振るっている。
胸部の熱線砲が2条の光線を放つたびに、暗い格納庫の中を僅かな明かりで照らす。
巨大な人型が、巨大な鉄の塊を振るう姿と、それを空中で左右に躱す複数のバトルアーマーがレンズの先に視えた。
その姿は、闇の中で群がる翡翠色の甲虫をどうにか払おうとしているようにも見える。
彼女は緩やかに開いていく格納庫の天井ゲートを監視カメラ越しに見ていた。
――早く、早くっ...!
凍り付きそうなほど雪を被った重い金属の扉は、非常にゆったりとした速度で左右に開いていく。
僅かに開いた隙間が、彼女の焦りを嘲笑う笑みの形に見えた。
『オクサナ!オクサナ!』
音のない電子の海の中で、彼女は自分の名前を呼ぶ報せに振り向く。
それはカメラの映像から分析した敵の戦力を算出し終えたことを、コンピューターが彼女に知らせている波だった。
届いたメッセージに記述された数字に、オクサナは焦りを更に募らせる。
たかが軽量級のメック1機では、氏族のバトルアーマーの分隊を相手にするのは難しい。
閉所で機動力を殺されているのなら、なおさらだ。
今、彼を取り巻いているエレメンタル・バトルアーマーは全部で15体と算出されている。
敵は、1個どころか3個の分隊で、彼を取り囲んでいた。
無数に煌く砲弾の輝きは、軽ガウスライフルの弾道。
基地の外には、2機の攻撃ヘリが荒れていく天気の中で飛んでいる。
――お願いだから、逃げてっ!
彼女はそう叫びたかったが、今は遠く離れた場所にある肉体の口はピクリとも動かない。
電子のメッセージは、基地を覆う電子の雲のせいで彼には伝わらなかった。
ふと、不気味な気配の誰かの視線を感じて、オクサナは自分のプロトコルの配置を変える。
敵の攻撃を受けているのは、軽メックの装甲だけではなかった。
基地のカメラ、警報システム、コントロールパネルに貯水槽、調理用オーブンまでが電子的な攻撃を受けている。
オクサナの役割は目に見えない外部からの侵入者から、基地を守ること。
その任務は、既にほとんどの勝敗が決していた。
オクサナはこの容赦のない攻撃者が、空を舞うAnhurVTOLから侵入していることに気が付いている。
攻撃者はたった一人で、それに外部演算装置の支援を受けていない。
リソースの物量と割り当てられた電力の量だけを見ても、彼女は遥かに有利な立ち位置にいるはずだった。
しかし、今の彼女が守れているのは、格納庫の監視システムと分厚い壁に囲まれた自分の繋がれた部屋だけ。
大きな口を開けて彼女を嗤う、天井のゲートを最後に一度だけ見上げる。
攻撃者が彼女の足掻きの結果を止めないのは、彼女が侮られている何よりの証左だった。
オクサナは自分の意識を、肩に一本だけ残されたSpiderの受信用のアンテナに移動させる。
そこから、鍵を開いてメックの防壁の内側に自分の意識を逃げ込ませた。
『聞こえる?』
コクピットの中に向けて声をかけると、音量が大きかったのか、彼は驚いたように体を短く震わせる。
突然の来訪にも関わらず、彼は大半の意識を両手で握っている2本の操縦桿に向け続けていた。
「聞こえてるよっ。話の相手はできねぇけどよ!」
『そうみたいね。』
通信機の出力を調節しながら、オクサナは彼の邪魔をしないようにメックの頭脳の空き領域に身を収める。
彼女の肉体が四肢を失って以来、そのスペースは彼女が偶然見つけた特等席だった。
自分の視界をぐるぐるとメックの視覚センサーと同期させる。
彼女の意思を無視して、上下左右に動く暗い闇の世界を見ていると、三半規管もないはずなのに酔いを感じた。
『装甲の損耗率が高いわ。天井が開ききるのは待てない。
72秒後に、十分な隙間ができるからそこから外に飛んで出るのよ。』
「それまで、パーシャルウィングが残ってたらな!」
『翼は多少損傷しても大丈夫よ、追加したシャンプジェットと姿勢制御用のスラスターがあれば抜けられるわ。』
「簡単に言うぜ...。」
2人がこの戦場を生き残れる可能性は、彼の脱出以外にはない。
仮にSpiderが全損したとしても、彼が生き残りさえすれば、オクサナは身代金を支払えば生きて帰れる可能性があった。
その結末を迎えたとしても、彼らの雇い主が目的を達成すれば、報酬で2人の傭兵団は立て直せる。
スピーカー越しに彼女はパイロットに囁きかけた。
『新しい氏族メック、たくさんの報酬...』
「...そうさ、それでインプラントを買って、お前に新しい手と足を付けるんだ。」
『...え?』
「この星にさ、すげぇ腕の闇医者がいるらしいんだ。
...資金が足りねぇなら、氏族メックを売ったって構わねぇ。」
ペダルを踏み込み、汗にまみれた手で操縦桿を握り続ける彼の口から出た言葉に、オクサナは全ての思考ルーチンが停まる。
マイクから受信した彼の言葉を何度か再生し直して検証してみても、彼の言葉の意味は一意だった。
言葉をオブラートに包む関数がエラーを返し、オクサナは素直に思ったままの言葉を出力する。
『...あ、あなた。人のことを考えることができたのね?』
「おめぇ、生きて帰ったらぜってぇ蹴たぐる...。」
表情に怒りを浮かべながらも、彼はメックの操作を続けている。
オクサナの意図したルートとは違ったが、彼の生き残りへの欲求を刺激することに成功したと判断できた。
彼女の思考は主演算装置のある肉体への返却が滞っているために、徐々に余計な処理を省くようになっている。
しかし、暴力的な彼の返事を正しく受け止めるルーチンはまだかろうじて生き残っていた。
『...私を蹴るためにも、まず生き残らないとね。』
「...そうだな。...2人とも帰れたらさ、おっぱい揉ませてくれよ?」
『...いいわよ。その後、私の四肢が戻ったら、私の全部をあなたの好きにさせてあげる。』
彼の不適切な要求によって吐き出された処理エラーはオクサナの処理ルーチンによって、すぐに無視される。
そして、肯定的な返答を返した。
「...オ、オウ...オ手柔ラカニ、オ願イシマス。」
彼の要望に含まれる怪しげな言葉遣いから、異常が検出される。
だが、肯定的な内容であったために、その異常は無視されることになった。
オクサナの主演算装置が載る肉体の質は、決して平均的ではない。
彼は長身の彼の母親を自分の理想の異性と認識している。
その理想値に比べると、オクサナの平坦な胸部や弧の小さい臀部は明らかに魅力に欠けていた。
彼との性的な接触は、彼女が秘めていた最も優先されるプロトコルと合致している。
だからこそ、他の全てのエラーは無視されていた。
お互いの間に、わずかな沈黙が流れたのはほんのわずかな間。
コクピットのサブモニターの隅で数えていた秒読みが終わる直前に、彼はジャンプジェットを大きく吹かす。
そして、パーシャルウィングの両翼端を開ききらないゲートの縁に激しく掠め、弾き出されるように基地の外へと飛び出した。
夜の雪空に機体の頭から足先までが、露わになっても出力を弱めることなく、高い空に浮かぶ雲の上に突き出るまで、機体は上昇を続ける。
その勢いと高い高度まで付いて来れる敵のバトルアーマーは一体もいなかった。
「見たか、ヒキガエルどもめ!」
日が沈んで昏くなっていた空に彼が歓声を上げる。
ブリキ缶の玩具のような形の冷却服で全身を覆ったまま、両腕を振り上げることもままならない彼は声の大きさだけで感情を爆発させていた。
彼の勝利の叫びを聞いていたオクサナは、これをどう記録に残すべきか、サブルーチンに問い合わせる。
だが、彼女の元には演算領域の不足を示す僅か5桁のエラー値だけが返却された。
異常な高度と空中での姿勢制御に、Spiderの演算装置は想定よりも大きな負荷がかかっている。
一旦、彼の安全が保たれたと判断して、オクサナは彼女が占有している記憶領域のいくつかを開放した。
処理能力を大きく減らした彼女の元には、受信アンテナを経由して新たなプロトコルが届いている。
そこには残されたアンテナの機能を受信から送信に切り替えて、彼女の意識を元の肉体に返却する指示が書き連ねられていた。
機体が基地から遠ざかれば遠ざかるほど、オクサナの意識は身体への帰還が困難になる。
だからこそ、処理は彼女の意思に関係なく、すぐに実行に移されていた。
アンテナの機能が一時的に停止して、地上にある主演算装置からの指示が途絶える。
Spiderの演算装置に残されたリソースが、アンテナの機能の切替に割り当てられていく。
意思を肉体に返却すれば、オクサナと彼は暫しの間、別れることになる。
オクサナの意思は、ほんの僅かに残された自由な領域を使って、自分の視界をコクピットを覗くカメラと同期した。
今の彼の表情や姿の映像を肉体の脳に返却するならば、今しかない。
だが、オクサナの意思が実行したルーチンは、取得不能のエラーを吐き出した。
取得したエラーの証跡は次々と帰還プロトコルに載せられて、基地に残されたオクサナの頭脳に向けて送信される。
彼女の肉体は、意識の帰還と共に徐々に覚醒をしていた。
オクサナは思考がまだ不鮮明にも関わらず、帰還プロトコルの完了も待たずに受信中の情報から、彼の姿を探す。
小分けにされたオブジェクトを次々にデコードして、それを元の形に組み替えた。
次々と脳に書き込まれる復元された映像と画像の波を見た瞬間に、オクサナの喉が悲鳴を上げる。
「イヴァン!」
全てを忘れて、彼女は彼の名を何度も叫ぶ。
大きく外に向けて開放されたSpiderのコクピットのハッチ。
そこから侵入した翡翠色の衣の大男。
背後から脳波ヘルメットごと頭蓋を斧で叩き割られ、シートから引きはがされるイヴァンの姿。
動かなくなった彼の体は、重い金属製の冷却服や、赤黒く染まったヘルメットと共にそのままコクピットの外に放り出されていく。
返却されたデータの中には、彼女の脳に近い部分の装置を発火させるマルウェアが混ぜ込まれていた。
開封されたそれらが、彼女の身体や頭に侵入するのにも構わず、オクサナはいくつもの処理を同時に実行する。
そしてオクサナは、受け取った画像のどれもが悪性のプログラムの創造物ではないことを確信した。
幼馴染の少年に開かれるはずだった彼女の肢体は、今や火花を噴きながら真っ黒になるほどに焼け焦げている。
無抵抗な脳が焼け、無数の痛みが彼女の身体を貫いても、肺が動きを止めて、息が途絶えるまでオクサナは泣き続けた。