Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Hidden SpacePort
Alyina System, Sela Pass
Alyina Mercantile League
16 February 3152
『ちぃっ、抜かったっす。』
『コマンダードルジ、退避してくださいっ!そこは危険です!』
シフの舌打ちとボルドの怒鳴り声を聞いて、エノリは頭の上の空を見上げた。
小さな翼を背にしたメックが、基地の中から轟音と共に白煙を棚引かせながら、闇の中に消えていく。
ほとんど手を置く場所がない灰色の壁にしがみついて、彼女を振り落とそうとする振動に耐える。
彼女が身に着けている薄い合成生地のボディスーツと頭に付けたタクティカルゴーグルに耐衝撃効果は殆ど期待ができない。
急ごしらえとはいえ、地上3階建ての高さのある構造物から転落すれば、即死は免れられなかった。
指に力を入れながら、エノリは静かにタクティカルゴーグルが撮影したいくつかの静止画の内容を確かめる。
Spiderが背負うパーシャルウィングと左の肩の隙間に、黒い影を見つけるとエノリは周囲の味方にその画像を送信した。
同じタイミングで、彼女の通信機がゾリグから、狙撃用のスコープで撮影された画像を受信する。
『ひょぉ~う!すっげぇ場所にいるじゃんドルジぃ!』
通信機を震わせるバヤルの歓声を聞いて、エノリは彼の正気を疑う。
標高の高い雪山に登るだけでも、人間の肉体には過酷な行為だ。
そこから、ロケットモーターで更に高い高度に向けて撃ち出される衝撃が加われば、常人ならば生きてはいない。
地形の起伏に隠れていたAnhurVTOLが機体の両脇の推力偏向機を垂直に立てて、真っすぐに上昇していく。
それを追うように、2機のH-8 Warrior戦闘ヘリも姿を現す。
しかし彼らは、エレナの頭上、山の標高を僅かに超える程度の高さまで昇ると、回転翼では届かない高さへ消えてしまったメックを見上げるばかりで、それ以上に高度を上げることはなかった。
『...ドルジを頼んだわよ。』
『昔のアニメみたいにカッチンコッチンに固まってたら、到底面倒見きれねっす...。』
『...アニメってなによ...?』
エノリは、基地の屋上まで外壁を登りきると、アリマと同じように昏い空を仰ぐ。
シフを複座に乗せた垂直離着陸機は、もう肉眼では追えないほどに高くを飛んでいる。
だが、エノリのタクティカルゴーグルには、彼女が今もこの通信基地の防壁を溶かし続けている様子が映し出されていた。
『アリマくぅん、キミはアニメを知らないのかね?カートゥーンという単語も聞いたことはないかね?』
『...知らないわよ。悪かったわね。』
『僅かに違う静止画を連続して見せることで、人は絵が動いているように見えるのだ。それを利用した映像作品をアニメーションというのだ。』
『...あーそう、また映画の話なのね。』
突如、話に割り込んできたマリオの言葉に、アリマがうんざりしたような声を張り上げる。
エノリは通信機から聞こえる一部の受信音量を下げた。
ここから先、2人の会話は作戦の進行を妨げこそすれど、何の助けにもならない。
話の中身に興味を惹かれてはいても、それは彼女が手を止めていい理由にはならなかった。
金属製の指を天井の床に押し当てて、そこから得られた音と振動の情報をシフに送信する。
――映画とは限らない。
エノリは、送信が完了するまでの間を使って心の中でアリマの言葉に反論をした。
彼女は片手で数えられるほどの数のアニメを知っている。
身体に機械を埋め込んだ人間は、何もしなければ徐々に発狂していく。
それの進行を遅らせるために、彼女はシフと共にマリオから心理治療を受け続けている。
古い時代のテラで作られた映画や、映像の形で残された劇を鑑賞し続けることで、彼女達の心は狂気を免れているらしい。
製造方法に違いはあれど、中心領域の星系の中には、同じようなものを作って配信をしている。
しかし、それはここアリイナの話ではなかった。
データ更新を報せる短い電子音が、エノリの意識を現実に引き戻す。
シフが処理したデータは彼女の真正面、9歩歩いた先の真下にエノリの探す相手がいた。
腰に巻いたベルトのポーチから、桃色の柔らかい粘土のような爆薬を取り出しながら、エノリは自分が歩いた歩数を数える。
両手で捏ねると、エノリの掌の中でそれは僅かに熱を帯びて膨張を始めた。
脚先で屋上の床に積もった雪を払い、指先で粘り気が増したそれを乱暴に叩きつける。
別のポーチから取り出した信管と信号の受信装置を、半ば液体のようになった爆薬に埋め込んだ。
ほんのわずかな時間でうっすらと積もった雪が、爆薬の上で固まり、透明な桃色に濁った膜を作り上げる。
その上をコンコンと拳の裏で叩くと硬質な音が返ってきた。
「...シフ、設置完了。」
屋上に聳え立つ装置に身を隠しながら、エノリは通信機ごしに彼女に呼びかける。
ほとんど間を置かずに、くぐもった爆音が床を揺らす。
エノリはシフの応答の早さが好きだった。
自分の言葉にすぐに反応を返してくれるシフを、エノリが好きになるのもすぐだった。
一気に蒸発した雪が水蒸気となって、周囲に立ち込める。
創り出された真っ白な闇を一陣の風が吹き飛ばすと、分厚い装甲板の下から、もう一枚の金属の輝きが姿を見せていた。
「...シフ?爆薬の量が足らなかったかも?」
『ははぁ、簡易基地のクセに空間装甲とか気が狂ってるっすね。』
甘えた声を出して、エノリはシフの気を惹く。
しかし、シフは彼女の声色の変化を気にすることなく、無断でゴーグルの中に侵入して、自分の欲しい情報を採っていった。
『装甲板の隙間からはみ出ている配線を剥いて、そこから通信用の鋼線を伸ばして欲しいっす。
...そう、それっす。たぶん、外部に向けられたセンサーと繋がってる線で、中身は光じゃなくて金属線っす。
輪っかを作って引っかけて、きゅっと捻るだけで十分っす...』
エノリは腰のベルトの上に巻いていた金属製のワイヤーの先端をフック状に曲げて、彼女の指示通りの金属線に引っかける。
そして、線を撚り合わせて作った結び目を絞っていった。
「...できたよ。」
『...んっ、あんがとっす。お目当てのお姫様は今頃ベリー・ウェルダンっす。』
「早いね。」
『ちょうど、相手が上空のメックと容量の大きな通信をしてたっす。
多方向から攻めれたのが勝因っすね。』
僅かな勝利を誇ることもせずに、彼女は次の目標を探している。
そして、それはすぐに空の向こう側からやってきた。
背面に並ぶ大きな8つのスラスターと脚部に付いた姿勢制御用のスラスターの輝きと共に、深い闇の中からその姿はゆっくりと現れる。
『...シフ、機体の制御だ。』
『おぉん?落下中のメックのジャイロを外からハックして、水平制御しろとかアホっすか?』
通信の相手を絞りもせずに、そのメックの乗り手は彼女を指名した。
エノリはそれがどのくらい困難な話なのか、まるで想像がつかなくて、首を傾げる。
だが、シフがその一言を最後に、口を全く開かなくなったことで、エノリはその難易度を察した。
仮にコクピットからの制御を失ったとしても、機体の水平器自体は損壊していない。
だから、乱暴な操作さえしなければ、メックは地面に対して垂直を保とうとするはずだった。
それでも、山の直上の空気の流れの中で、ニューロヘルメット無しで機体の降下を制御してのけた彼に、エノリは舌を巻く。
そんな彼が、シフの力を求めた理由は数十秒後に迫っている着地。
地面とメックの衝突のダメージを和らげようとするのなら、正確に脚から降り立つ必要がある。
それができなければ、上空のドルジは奪ったメックのコクピットの中で無残な肉塊へと変わる運命にあった。