Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Hidden SpacePort
Alyina System, Sela Pass
Alyina Mercantile League
16 February 3152
巨大な金属の塊が、青白い炎を散らしながらAnhurVTOLのすぐ近くをすれ違う。
空気の振動で機体が揺さぶられた後に、何かを引き裂くような轟音が上から下に向けて移動する。
チェゲは慣れた手つきでハンドルを操作して、機体の安定を保った。
手に馴染んだ機種でなくとも、雪の降る山の上でも飛べている。
隣に座る少女がほんのわずかな補助をするだけで、彼は難易度の高い操作を軽々とこなしていた。
彼女の意思はここにはない。だが、この世界のどこかに存在している。
肉体は彼の隣の席に座っているはずなのに、そこに置かれている身体はただの抜け殻だ。
快活な声のほとんどは、ヘッドセットの向こう側から聞こえてくる。
そこは、チェゲが一度も足を踏み入れたことのない領域だ。
機体のセンサーのほとんどが、今は彼女と共に1つの作業に集中している。
余剰なリソースなど、どこにもないはずだったが、チェゲの目前のHUDは機体の制御をサポートし続けていた。
『タッチダウン!タッチダウンっ!』
電子の世界からの警告の声に続けて、巨大な地響きと共に山肌から真上に向けて白い煙が噴き上がる。
薄い空気を伝った衝撃で、空中を飛ぶ大きな図体のAnhurVTOLまでが、横に揺れた。
彼の隣で剥き出しの若い健康的な肩や二の腕が僅かに動く。
チェゲは思わず顔を横に向けて、彼女を固定しているベルトが外れていないか確かめる。
肌に紫色の痕が残るほど、強固に縛り付けられた少女の姿を痛々しいと感じていた。
チェゲは、傭兵として短くない経験を積んでいる。
人とのつながりは全てドライな関係であるべきだと信じていた。
だが、共生関係とも言える今のシフとの間柄は、彼の過去の経験にはない。
少なくとも彼は、もう彼女のことをただのナビ装置として扱うことができなくなっていた。
そんな彼の視線や想いを気にする様子もなく、シフは地上に落ちたメックの状態を外側と内側から分析を続けている。
VTOLのコクピットの画面の一つが、地上からの情報を受信し続けている様子だけが、機体とのやりとりが生き残っている証だった。
ジャンプジェットの逆噴射で減速をしてたとはいえ、それは滑空とは言えない速度で、地面と衝突をしている。
墜落したSpiderの部位ごとのダメージ状況が、次々にコクピットのサブモニターに表示された。
『両足のアクチュエイターから、腰部までコンディションレッドっす。』
黒く表示された両脚と真っ赤に表示された両腕はシフの言葉以上に深刻な状況を示している。胴に配置された装置も、下部のものは応答を返していない。
チェゲはそれを見てすぐに、その機体が再建不能であると判断した。
人の形を保っていても、そこにあるのは回収する価値のない金属の塊。
しかも、その中にはまだ稼働を続けている核融合炉が封じられていて、危険ですらあった。
チェゲの考えをどこからか読み取ったかのように、シフが言葉を発する。
『主演算装置から、動力炉へ停止命令を送ったっす。あとは歪んだ檻の中から囚人を外に出すだけっす。えええぇ...。』
まるで機械のように、迷いなくタスクをこなし続けていた彼女が困惑の言葉を漏らす。
チェゲはVTOLのキャノピーの真正面に、その戸惑いの源を見つける。
金属の扉を内側から蹴破って、片手に銃を握った大男が姿を現していた。
『...いや、氏族とか関係なく、普通は全身の打ち身とかで動けねぇっす。』
ヘッドセットからはシフの呆れた声しか聞こえなかったが、間違いなく彼女は彼と会話をしている。
チェゲは彼がどんな喋り方をするのか、興味を惹かれた。
しかし、それを耳にする術はない。
『...まぁ、元気そうで良かったっす。バトルアーマーもワイヤーガンも使わずに、腕力だけでメックを乗っ取るとか...ほとんど予算のないC級映画の所業っすよ..。』
チェゲの知るドルジは、ほとんど言葉を発さない。
しかし、シフの声の調子を聞く限り、彼女は間違いなく彼と対話をしていた。
『3134年11月、ファルコンの軍勢は共和国側に雇われたノースウィンドハイランダーズとスティールウルヴスの軍勢が守るスカイア星系に対して攻撃を行った。
この攻撃は故マルヴィナがズデーデンの指示に逆らって実施した攻撃だった。
攻撃のために招集された彼女の手勢の攻撃部隊は、正規の部隊でなく素行不良なデズグラを集めた不良部隊。
ウルフ氏族も防衛側をバックアップしたが、この侵攻は成功に終わる。』
映画という単語に反応したのか、通信機が遠くにいるはずのアルタンエルデネの講釈を流し始める。
それは彼にしては珍しく、十年と少し前の、歴史というにはまだ新しい事件の話だった。
『前線でファルコンの部隊を支えた一人の氏族の戦士は、増援として降下したウルフ氏族の星隊から1機の重量級のオムニメックを奪い、それをそのまま自分のものとした。
歴史の1シーンの再現を直に目に出来ないのが残念だよ。』
チェゲはすぐに彼の話が、ドルジの載るTimberWolfの由来の話であることに気が付く。
氏族の間ではイソーラと呼ばれる戦利品。それらは氏族の間で合法的に奪い合われている。
『彼が自分の乗る機体を、戦場のど真ん中でどのようにして奪ったのかは謎となっていた。
だが記録によれば、相手を騙し討ちをしたなどの不名誉な噂から、ドルジ君はデズグラを疑われてしまった。
そのせいで彼は、スカイアでの戦闘の後で戦士の階位を剥奪される審判を受けることになる。
しかし、彼の階位を剥奪する審判の結論は、永遠に出されることはなかった。
ちょうど同じ時に、マルヴィナがファルコンの政局を転覆させるために宇宙戦艦を一隻、首都星に落としたのだからね。』
まるで、それを実際に見て来たかのように、アルタンエルデネは楽しそうに語った。
その言葉に、戦士たちが言葉を返すことはない。
展開が重苦しくなりかけた状況にシフがうんざりした声を挿し込んだ。
『...ドルジ主演の映画でも作る気っすか?』
『ふむ...、確かに彼ならば異性の相手をさせても魅力を引き出してくれるだろう。なぁに、演技はヘボでもどうにかなる、セリフもいらない。
そういう映画は、鮮血と裸の女性が映っていれば、十分な数の見る人間を確保できるものだからね。
どうかね、シフ君。ヒロイン役で銀幕にその真っ平な胸を晒してみないかね?』
『おぉん?ホロ越しにぶん殴るっすよ?』
怒りを滲ませつつも、口だけで勝てないと察したのかシフは暴力を匂わせる言葉を吐き出す。
同時に、チェゲの隣の席に置かれていたシフの肉体が動きを見せる。
シフの表情を隠していたヘッドセットのランプの色が変わり、幾たびか明滅を繰り返すと、彼女の口が突然、言葉を発しはじめる。
「高度を下げて、コマンダードルジを回収するっす。」
チェゲは突然の指示にも慌てずに、機体をその通りに操作しようとした。
シフが片手でバイザーを押し上げる様子を気配だけで感じとる。
彼女が電子の海から帰還しても、VTOLのHUDに写し出されるガイドは消えていない。
彼は言葉使いや行動から理解する彼女の印象と、この作戦に参加して感じた彼女の印象の間の大きな乖離について考えた。
そして、チェゲは本人の前でそれを言葉で表してみることにする。
「金と石は同じ色をしていることがある。どちらなのかは磨いてみるまでわからない。」
「...重さを測れば、削らなくても判るっす。」
「...そういう話はしていない。雨は同じ空から降る。だが、空はどの畑を潤すかまでは約束しない。サワ、それは人が作り替えた大地でも変わらない。」
天は人に二物を与えない。という言葉は人の万能性を否定する格言としては正しいが、その言葉は額面通りに受け取れば間違いだった。
彼の隣に座る少女は、少なくとも2つ以上の才能を有している。
操縦の適性はあっても、メック戦士としての能力にはあまり恵まれなかったチェゲにとって、それを羨むべきことだった。
『空から降ったのは雪とメックよ。』
「...深い川は静かに流れる。浅い川は音を立てる。お前はわざと音を立てている。」
『...うっさいわね!一々謎々を解くのが、いい加減めんどくさいのよ!』
VTOLの上空で警戒位置にヘリを動かしていたアリマが口を挟んでくる。
いつもと調子を変えることなく、チェゲはそれをあしらった。
彼は眼前に広がっていくメックであったものを見つめる。
チェゲがメック戦士を続ける限り、目の前にある金属屑は未来の自分の姿になり得た。
「...多くの手があれば、荷物は重くない。それは簡単な割り算だ。だが、割った数を受け止められるかは、やはり人次第なのだ。」