Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Suburbs Zuhai
Zhongshan System,Zuhai
Jade Falcon
18 March 3151
メリッサの公爵も自身の勢力圏の外までは手を伸ばせないはず、とアリマはタカを括っていた。まさか、星系の外まで追って来るとは。
しかし、JadeFalconの勢力圏内に逃げ込んでツォンシャン星系のズハイ近郊を目指した途中で、先にズハイに降りていた追手の網に捕捉されてしまった。
百年落ちの中古ホバーバイク。出力不足のホバーユニットと車体を、彼女は体を伏せて押し潰すようにして操縦していた。水気を吸った布で細く絞った体躯、童顔を覆うバイザー。その奥の眠たげな瞳に、追跡者のライトが瞳にちらりと映り込んだ。
エアカーとの追いかけっこに勝てるはずもない。オフロードで撒こうとしたものの、すぐに熱線銃が背後から唸り、車体が跳ねた。銃撃や体当たりを何度も受けて、車体もいよいよ限界の悲鳴をあげていた。衝撃で身体の起伏を抑えていた布がずれ、冷気に晒された肌に身が震えた。アリマは息を殺し、またハンドルに体を沈めた。
頭の上から爆音が響いた。夜明け前のまだ暗い空を見上げると2機の気圏戦闘機が尾光を引いて飛び去って行くところだった。暗闇で機体の色やマーキングは見えなかったが、彼らの仲間に違いない。熱源の大きいホバーバイクでは、空の目からは隠れようもない。
アリマは余計な思案を振り払ってホバーバイクを湿原に向けた。怪しげな音すら立て始めた反重力推進の出力を最大に。バイクが起伏で跳ねるたびに濡れた髪が頬に張りつく。
色合いが深い湖面の上で車体に急制動をかける。追手のエアカーがホバーバイクの頭上を通り過ぎた隙をついて、アリマはシートを蹴って宙へ飛び、足元の暗い青の中に飛び込んだ。
人の子程度なら丸呑みにする巨大蛙が潜む水域だったが、今は邂逅しないことをアリマは祈った。
冷たい衝撃。鼓膜が鳴る。スーツの中へ水が浸み込み、体が沈む。
熱線銃の光が湖の上澄みを蒸発させる。
水面を、エアカーのフロントライトがなぞる。仰向けになったまま、アリマは僅かばかりの平安に目を閉じる。見つからなければ助かる。見つかれば、もう逃げる手段は残されていなかった。
黒焦げにされるのと胃酸で溶かされるのはどちらがも嫌だったが、アリマは溺れて死ぬのも嫌だった。
意識を水に沈めて体内の酸素を節約する。前髪が視界をさらさらと遮った。スーツの下で身体に巻き付いていた布がふわりと水にほどける。
その刹那、背中に重圧を感じた。アリマの背に何か巨大な金属の塊が衝突した。巨獣の咆哮と共に、弾き飛ばされるようにアリマの身体が水面を破り、空へと押し出された。必死に手探りし、掴めるものにしがみつく。
轟音を上げて、現れた巨影に追っ手がエアカーの窓から熱線銃を向けている。
水が巨体を滝のように流れ落ち、轟音を立てている。空気を灼く音が幾度か走り、夜の闇を裂く。エアカーは次の瞬間、巨大な脚の反撃で蹴り飛ばされ、水面に落下したところを続く一撃で上から踏み砕かれた。凄まじい熱気を排熱する音が、水しぶきと立ち昇る蒸気の音が、まるで獲物を仕留めた猛獣の咆哮のようにも聞こえる。
猛る獣の背で衝撃に吹き飛ばされそうになるのをアリマは必死に耳を抑えながらしがみついていた。
氏族メック...どうして、ここに?
見渡せば機体のあちこちにバトルアーマー用の掴み手が設置されていた。獣の両肩には巨大な2つのミサイルランチャー。
間違いない。噂に聞くツォンシャンの緑の悪魔。TimberWolfだ。
「……助けてくれた?」
――そんな、童話みたいな話あるわけないでしょ。
口をついて出た言葉と心をよぎった言葉のどちらが本心か自分でもわからなかった。
アリマはガラスの靴も打出の小槌も持っていなかった。もちろん、毒リンゴも。
水の落ちる音が静まり、コクピットのハッチが開く。月の光のない暗闇に、メック戦士の装束を纏った男が1人現れる。急に訪れた泥のような疲労が彼女の身体を沈めていく。アリマは男の近づいてくる足音を聞きながら、意識を手放した。