Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Ammo Dump Maintenance Hangar
Zhongshan System,Zuhai
Jade Falcon
20 March 3151
KitFoxの脚の下で棒立ちのまま数分。
何がどこにあるのかも、誰がどこにいるのかもわからない。
この基地には、TimberWolfとKitFoxの2機以外にメックが置かれていなかった。
専属の整備担当はいなくて、皆、気圏戦闘機の整備担当と兼任している。
自分の機体の面倒は自分で見る覚悟をしないと、回らなそうだった。
海賊の船でも整備担当なんて人はいなかったから、環境はそこまで変わらない。
これがお前の機体だ、とか言われても、どうしたらいいのかわからなかった。
見たことのない重機はキーでロックされていて、びくとも動かない。
コンテナを全部開いて回るわけにもいかず、工具も見つからないのではお手上げだった。
両手を頭の上に持ち上げて、一人で万歳のポーズをとる。
無人の格納庫で、そんなことをやっていても誰も助けてはくれない。
しばらく無意味な時間を過ごした後に、トヤーは誰かを探しに行く決意をする。
「……あれ?」
隣の棟の灯りに誘われて中を覗き込んでみると、明るい光が闇に慣れた目に眩しい。
頭上の照明が妙に白くて、足元の滑らかな樹脂の床がそれを反射している。
部屋の中の空気の匂いも埃の臭いがしなかった。
この格納庫が特別に新しいわけではない。
でも、全ての住人が一度立ち去った後のメックの格納庫と、今も生き続けている飛行隊の格納庫では色が違って見えた。
──この機体は、知ってる。
この部屋の住人とトヤーは無縁ではない。
つい先日、彼女と仲間たちを地に堕とした翡翠の色に輝く戦闘機が並んでいた。
頭の中で再生される記憶に、足が自然と後退る。
真っ赤に響く警報と無線機の向こうの悲鳴と怒声。
船体の傾きが増す中で、船体側面のハッチを開けてくれた仲間。
グルグルと無軌道に回転するコクピットと次々に明かりを失っていくパネル。
「関係者以外、立入禁止だ」
首を振って後ろを振り返り、そこから立ち去ろうとしたトヤーの背後から低い声がした。
びくっとして声のした方に向き直ると、そこにはコワモテのオジサンが立っている。
黒いツナギ姿で腕組みをする姿は、どう見ても門兵ではない。
「あ、あの、えっと、あたし、Kit Foxのパイロットで……。」
何かを説明しようとしたが、まるで下手くそな自己紹介のような言葉しかトヤーの口からは出てこなかった。
Kit Foxのパイロットと名乗ることに、まだ慣れていない。
何を言わねばならないのか、頭の中で整理が追い付かなくなった。
両手を頭の上に持ち上げて、再び万歳のポーズをとる。
そんなトヤーを前にして、オジサンは一瞬だけ目を細め、眉をわずかに寄せた。
「……ああ。お前、あの……」
彼が何を思い出したのかはわからない。
でも、その顔が浮かべる表情は複雑だった。
それはそうだろう。彼らはトヤーを地に叩き落とした側の人間だ。
「ついてこい。迷子のまま、ウロウロされても困る。」
オジサンはそう言って踵を返す。
無言の背中はドルジよりも2周りくらい小さい。
それでも、小柄なトヤーよりは大きく見える。
「メック戦士だろ。Kit Foxくらい、自分で扱えるようになれ。」
こっちは忙しいんでな、と背中が語るが、氏族メックを扱うのはトヤーも初めてだ。
工具やキーをしまってある場所のことから、教わる。
結局、コクピットのハッチの開け方までオジサンに訊く。
「起動くらいはできるのか。」
本当にメック戦士なのか?と首を傾げながら尋ねられる。
そう言われても仕方がないくらいにトヤーには何もわからなかった。
KitFoxの内側から初めて周囲を見まわす。
この前まで乗っていたJennerIICとはコクピットの見た目からして違った。
モニターの数もボタンの数も少ない。
窓も小さくて、中はなんだか暗かった。
これ以上、「わかりません。」とは言えなくて、黙ってトヤーは座席に座る。
背につき刺さる疑いの視線が痛くて、涙が溢れた。
──助けて。
ここにはいない誰かに向けて、トヤーは心の中で呼びかける。
頭の中で誰かが返事をしたような錯覚を覚えた。
《リアクター オンライン》
《センサー オンライン》
《ウェポン オンライン》
《オールシステム ノミナル》
途端に暗かったコクピットの中でボタンと計器のランプで明かりが宿る。
続けて、システムの音声メッセージが耳と頭の中に響く。
知らない空間に居るはずなのに、ふとどこか懐かしい香りを嗅いだ。
身体の自由が利かないことに不満を覚える。
目を瞑って、背に力を入れた。
身体の拘束が外れて、腕に自由が戻る。
足を数歩だけ前に踏み出した。
身体の周りの埃の臭いが増した気がして、鼻をクンクンと動かす。
後ろを振り返るとオジサンがハンガーの作業用通路で困惑の表情を浮かべている。
──あのおじさん、ユルって名前なんだ。
視覚センサーが捉えた彼の顔が走査された後に、彼の情報が頭の中に流れ込んできた。
さっきまで知らないオジサンだった男の人だったのに、いつの間にか名前どころか彼の経歴まで知っている。
とりあえず、あたしは彼の方に翡翠色の左腕を向けて、左手でVサインを作って見せた。