Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Ammo Dump Sacred Realm
Zhongshan System, Zhuhai
Jade Falcon
18 April 3151
満月の夜、狩りをするには明るすぎたが、狐は今日こそあの女を消すつもりだった。
彼女の力が何なのかはまだわからない。
ただひとつ確かに言えるのは、自分の手の内が、すべて見透かされているということだった。
あの青い瞳が脳裏に焼きついて離れない。言葉にされるよりも早く、彼の内面を掘り返される。
何かが起きる前に、何も壊される前に。彼女は“処理すべき案件”になっていた。
アンネの寝所の扉は開かれていた。灯りはない。月も雲に隠れている。
あまりに無警戒で、逆に不穏だった。
「迷える狐さん、こんばんは」
涼やかな声が降る。
呼吸が止まりかけた。
そこにアンネはいた。月の代わりに差すように。彼の訪問をあらかじめ知っていたように、真っ直ぐに青い目が侵入者を見ていた。
「どうぞ、いらしてください」
彼女の指が床の一角を示した。
逃げる道はない。だが、剣を抜く理由も消えていた。コボルは静かに、しかし足音を忍ばせずに寝所に入った。
アンネの姿は最初に会った時とは異なり全身が黒のローブに覆われていた。
時折垣間見える白い肌と白い脚が妙に艶めかしい。
かつて狩り場で感じた“これ以上近づいてはならない”という気配が、室内に満ちていた。
ここは狩場ではなかった。神域だ。
指し示された場所で膝を折る。
コボルは抗うことに諦観を覚えていた。なぜこの妖術師を銃弾や刃物で殺せると考えたのか。
「スフィア共和国の世が終わったのはご存知の通りです。」
彼女の一言が夜の静けさを切り裂いた。
超光速通信を使っても数日、通常なら伝達に数ヶ月かかる光より遅いはずの情報を彼女は口にした。
しかも、彼がそれを知っているという。コボルは言葉を飲み込んだ。
「鷹は、すべてを失いました。」
彼女が告げた過去は、コボルにとってはもはや未来だった。
狼と鷹の決戦は再び狼の勝利で終わったと言うのか?
コボルの賭けは彼の勝ちだと彼女が告げている。
戯言だ。信じるに値しない。
そんな言葉はもうコボルの口からは出てこなかった。
コボルは立ち上がろうとした。言葉が出かかった。
彼女の力を利用するべきだ、支配欲と焦燥に塗れた声が胸の奥に湧いた。
だがその刹那、アンネの青い視線が彼を貫いた。
「私はドルジと参ります」
アンネが何を言っているのかを理解するのにコボルですら時間を要した。
頭を巡らせて、彼女の意図にようやく気がつく。
俺には無理だ。手に余る。
——今日は諦めごとの多い日だ。
「あなたには、新しい出会いがあります。」
——お前の代わりなど居るものか。
「炎天が、あなたを導く。」
彼女の指が星空指差す。
炎神と俺に何の縁があるんだ?とアンナの指先を見る。
チャハル...
最寄りの星系の名前と一つの単語がコボルの頭をよぎる。
コボルはそれ以上、何も言わなかった。ただ静かに、立ち尽くしたまま、目を伏せた。
全てのパズルのピースが頭の中で嵌った。
言葉が喉に詰まった。振り返った先に、もう彼女の姿はなかった。
神託の時間は終わっていた。