Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Ammo Dump
Zhongshan System,Zuhai
Jade Falcon
20 October 3150
「サリーナ!」
ゾリグが怒気を含んだ声を上げるのはここ最近では珍しかった。
「お前、なんでっ?」
ノックなしにサリーナの部屋に入り込んだ。
扉を乱暴に開けて、目の前の2人の視線を受けてから思い出す。
サリーナとツェレンが夫婦になって、既に4年が経っていた。
彼の士官室は2人住まい用に少し大きな部屋を割り当てが変わっている。
ゾリグは一足先に部屋に帰っていたツェレンと夫の再会の場に割り込んでいた。
もう少し踏み込むのが遅かったら、もっとマズい場面だったかもしれない。サリーナのシャツの裾は既に引きずり出されていた。その隙間にはツェレンの腕が深く捩じ込まれている。
「また、後でね。」
そう言って、妻を部屋の奥へ行くように促すサリーナに少し引け目を感じる。
勢いを失ったゾリグはすっかり彼に噛み付けなくなっていた。
シャツの裾を直すサリーナに勧められるままに室内の椅子に腰を降ろす。
何度も訪れているはずの部屋だったが、ゾリグは落ち着かなかった。
白い内装が部屋の中をより明るく見せている。ただ、この部屋に眩しさを感じるのは照明だけが原因ではないと感じていた。
数日前、各星系に戦力の抽出と本隊への合流が指示された。
氏族の地球侵攻のために、星系の守備隊が機能不全になるほど戦力を奪われている。
このツォンシャンも1個飛行星隊だけ残してその他の戦力は全て地球へ向かうことになる。
居残り組を決めるために、地球に向かう戦士を抽選で決めることになった。
そうは言っても、居残りの10機のうち1人は部隊長のユルだった。前任の部隊長を射殺して地位を乗っ取った人間を指揮下に入れたい上位者が本隊には居なかったらしい。
同じような理由から、命令違反の常習者のゾリグも外されていた。
6人の年若いパイロットも候補から外される。
つまり、居残りの空き枠は2つしか残ってない。
ゾリグはユルにツェレンとサリーナを残すように訴えたが、ユルは首を振った。
公平な抽選ならいざ知らず、正当な理由もなく現役のパイロットを選べば後々に禍根となることは明らかだった。
例え、彼女が基地のアイコンであっても、どれだけ彼女が基地に必要であっても、それは変わらない。
テコでも動きそうにないユルの説得を早々に諦めたゾリグはすぐにサリーナのところへ向かった。
サリーナに一枚のチップを手渡して、中身を解析させた。
チップの中身は地球侵攻に向かうメンバーの抽選プログラム。一晩かけて分かったのは本隊から送られてきたチップの中身を改竄するのは不可能なことだった。
しかし、プログラムが抽選のために読み込む部隊員のリストを改竄することは可能だった。プログラムを動かす間だけ、ツェレンの名前かリスト番号を索引から消せば良かった。
ただ、その不正を何十回と繰り返すのは現実的ではない。
抽選で地球に向かうメンバーを選ぶのではなく、居残る2人を選ぶようにすれば、妨害する回数も2回で済み、露見する危険を減らせた。
ツェレンを巻き込んで、抽選の回数を減らすようにユルを説得した。
選ばれる栄誉よりも出立の準備に時間を費やすべきだと説けば、石頭はあっさり納得した。
そして、ゾリグの根回しの末の抽選の結果。
サリーナは地球に発つことになった。
抽選の1回目でツェレンが選ばれて、2回目でサリーナが選ばれる計画ではなかったのか?
抽選の1回目はツェレンだった。2回目はサリーナではなかった。
「妨害はしなかったんだ。」
抽選の結果について、問い詰めようとするとサリーナはあっさりと答えた。
「ツェレンと相談してさ、そんなことをして残ったって、良くないよ。ってことになったんだ。フェアじゃないからね。」
ゾリグは言葉を詰まらせた。
2人を基地に残そうとした理由はそもそもなぜだったか、自問した。
サリーナは戦場に行くに向いていない。
ツェレンは基地の訓練生の教育に必要だ。
そんな理由だっただろうか?
どんな、正当な理由も胡散臭く聞こえた。
「ゾリグ。留守中、一個頼みがあってさ。」
サリーナが軽い口調で言葉を続ける。
「ツェレンを頼むよ。僕の代わりに彼女を支えてあげて欲しい。」
手の平に収まるサイズの受信機をゾリグの手の中に押し付けた。
「僕が帰ってきたら、返してね。」
ゾリグは手の中の装置を見つめた。
ツェレンの居場所を24時間監視できる仕組みは7年の歳月で何度かのアップデートを重ねて、今も機能している。
頼まれたことの意味は、言葉通りの内容よりも遥かに重い。そのまま頷くのはどこか癪だった。
「せっかくの努力を無にされた後で、頼まれ事をしてもな。」
不貞腐れて見せるゾリグの顔を見て苦笑すると、サリーナは小声で囁いた。
「君の好意は無駄にしたわけじゃないんだ。2回もリスクは冒せなかっただけさ。ツェレンには秘密だよ。」
サリーナの種明かしに舌打ちを返す。
「......任された。」
7年前に比べるとサリーナは随分と変わった。ツェレンを追いかける必要がなくなった分、小細工と狡さの幅が広がって、今ではパイロット業もマジメにこなしている。
彼はゾリグの僚機を卒業して、ポイントリーダーと呼ばれるようになっていた。
ゾリグもまた4年前とは変化したが、かつての相棒ほどは変われなかった。
また、2人に置いていかれるのが嫌だった。2人を基地に残したかったのはそんな理由ではなかったか?
ふと、心のどこかから聞こえた声が一番納得のいく答えをゾリグに囁いた。
――2人を残すのではなく、俺も地球に行けるようにする方が、簡単だったか。
結果が出てしまった後で何を為すべきだったかに気がついた。
俺も入れろ。と言う方がユルを説得するのも簡単だったかもしれない。
結局この数年間、ゾリグはサリーナからもツェレンからも勝利の実感を得られていない。
勝負をしているつもりはなかったが、負けたままなのは嫌だった。
ただ、それはあまりに個人的な希望で、口に出せるものではなかった。