Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Union class Dropship Walk
Blumenort System, Zenith
Lyran Commonwealth
30 April 3151
艦内は夜に沈み、機械の唸りだけが微かに続いていた。
どこか遠い世界の音のように、耳に届く振動。歩く者も少なく、廊下の灯りは控えめで、空気は冷たく澄んでいる。
その静けさを破らぬよう、整備ベイを出た整備士は足音を抑えながら通路を急いでいた。
彼は艦長への報告を腕に抱えていたが、頭に渦巻いていたのは別のことだった。
昼間、格納庫で目にしたあの姿は忘れられるものではなかった。
ツェレンは部隊内でも年長の存在だ。飛行隊の教官役も務める皆の手本であり、厳しさと頼もしさを兼ね備えた彼女は、時に女帝とも称された。
彼女の顔はそれだけではなかった。
任務の合間に若い隊員の隊服を代わりに洗濯し、髪の長さをハサミで整えてくれる、母性を兼ね備えた面倒見のいい姉か母のような顔も持っていた。柔らかい笑顔で、基地の外からも人気があった。彼女が基地で結婚式を挙げた日には、皆が花飾りで彼女を祝った。
だが、地球での敗戦の報を耳にしたあの日から、彼女はまるで影を纏うようにして存在感を失っていた。
夫を喪い、操縦桿を握る感覚すら失い、格納庫の隅で誰にも声をかけられず、彼女はただ静かに彷徨っていた。
その姿は痛々しく、誰も接し方が分からなかった。皆、自然と彼女から目を逸らしていた。
それが、ある日から徐々に変わった。
彼女が格納庫に現れた瞬間、張り詰めていた空気がふと緩んだ。
彼女は元々パイロットスーツ程度では隠しきれない肢体の持ち主だった。しかし、かつての彼女は戦女神のような威容が彼女の色気を巧みに隠していた。
相変わらず彼女には異性を寄せ付けないオーラがある。しかし、それは今までの威圧感とは違った。
ぴたりと身体に吸いついたパイロットスーツに包まれたその肢体、艶やかで、野性のようにしなやかで、誰もが目を奪われるような肉体に格納庫内の整備員が手を止めて見惚れていた。
しっとりとした色香と小さな憂いのある微笑みが惚ける彼らの頭をガツンと殴る。
彼女が通り過ぎても、しばらくは誰も動くことがなかった。
昼間のツェレンの姿が忘れられず、照明の落ちた廊下をどこか惚けた気持ちで進んでいたそのとき、
ふと、空気が変わった。
士官室の前。
ほんの一瞬、耳に触れた音が彼の足を止めさせた。
──かすかな声。
「っ……ん……っ……ふ、ぅ……んん……」
掠れる吐息。押し殺された熱。
誰のものかわからないが、湿り気を帯びた、抑えきれない声。
「だめ……そこ、あっ……や、そんな……!」
言葉は抗いながらも、甘さに染まっていた。湿った声の合間に、ベッドの軋む音が微かに重なる。肌と肌が擦れ合う生々しい気配が、扉の隙間から漏れていた。
ツェレン。
かつての女帝が扉の向こうで溶けきった声をあげていた。
「もっと……して、奥まで……ッ!」
呟きのように漏れるその声に、思わず喉が鳴った。
パイロットスーツから溢れそうなあの大胸がはち切れんばかりに揺れ、肢体が弓のようにしなり、喘ぎ、悶えている。寝台の上で、たゆたうように快楽に沈んでいる。すがり欲しがる声が彼の鼓膜を何度も犯していく。
全てがいま、扉一枚の向こうで乱れ咲いている。
彼には見えるはずのない彼女の姿が心の奥に焼きついた。
「ダメなのに……や、のに……もっと……!」
声に宿るのは、ただの快楽ではない。渇きと、飢えと、求めた末の歓喜。壁の向こうで、誰かに与えられ、息を吹き返し、命を取り戻していた。
整備士は脚が動かせないまま、言葉も出ない。
ただ、その場に立ち尽くして、音に灼かれるしかなかった。