Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Mining district
Esteros System,Alkahera
Jade Falcon
28 June 3151
滑走路からランプを通ってエプロンまで。こんなに時間が長く感じられたのはいつ以来だろう。
4番機が滑走路から離れたのを見計らい、双発のヘリコプターが離陸していく。
駐機場に自分の機体を泊めると、ヘルメットを投げ出して、機体から飛び降りた。
僚機のドルマーはまだ上空にいる。
滑走路への着陸を先に譲ってくれたのは彼女なりの気遣いだったのだろう。
少し前までは、失意や気後れから姉失格でも構わないとツェレンは思っていた。そして、ドルマーがそうしたように、ツェレンもまたドルマ―とは距離をとっていた。それが傷心の彼女を更に傷つけていると気が付きながらも。
それでも彼女は姉を気遣ってくれていた。
──あとでお礼を言おう。あと、謝ろう。
走って基地の格納区画に辿り着く。
砂埃にまみれながらメックの駐機場に。
TimberWolfはまだ帰還していなかった。
ヘッドセットが彼の基地への接近を告げる。
格納庫にいる人たちは誰もツェレンに声をかけてこない。きっと、誰もがわかっているのだ。
やがて、聞こえてくる駆動音と金属の重い足音。格納庫の前の駐機スペースに、緑の機体が姿を現す。
ツェレンは膝が抜けそうになるのを堪えながら、まだ動いている機体に近づいた。
右胴の前面の装甲が吹き飛び、内部の機構が露出している。頭部には熱線に焼かれた跡が生々しく残っていた。
機体が停止し、一本のケーブルが降ろされて、静かに揺れる。
ツェレンはその先を見上げた。彼がゆっくりと彼女に向かって降りてくる。
ヘルメットの下、彼の表情は変わらなかった。だが、肌には細かい裂傷が走っていた。焼け焦げた紙のような、乾いた痛みの痕だった。
ツェレンは無言で彼のヘルメットを受け取る。続けて脱がされた上着も、当然のように彼女の腕に抱えた。声は、出ない。けれど、それで十分だった。彼の無事に安堵の笑みが漏れた。
彼の背後で誰かが動いた。ツェレンの知らない女。黒いローブのような布を身にまとった、どこか異質な佇まい。
──どちら様でしたっけ?
記憶を手繰り寄せようとしたが、出てこない。
だが、彼女は迷いなくドルジに近づき、その傷だらけの肌を丹念に見た。彼女の手が遠慮なく彼の肩に触れる。
ツェレンは本能的に、一歩だけ前に出そうになった。
けれど、その女は何かを言うでもなく、ただ静かに彼のスーツを脱がし始めた。一方ドルジは何も言わない。されるがままに、傷を晒す。
女はいつのまにか軟膏の入った壺ようなものを手にしていた。
見たこともない深い青緑の膏薬。
それをドルジの腕や胸、顔に静かに塗っていく。冷却でも薬効でもない、不思議な質感が空気に広がった。
やがて女は、滑らかな質感の淡く光るような布を包帯代わりにドルジに巻く。
どこからか取り出した細い筆で布の上に紋様を描いた。
それは何かの呪文のようにも、ただの図形のようにも見える。
筆が最後の線を描き終えると、ドルジは彼女の名を呼び、礼を告げた。
アンネと呼ばれた女は、まるで霧が晴れるように姿を消す。何も応えずに、気配すら残さず。
──どういう間柄なのかしら?
アンネとドルジの間柄にヤキモキしながら、それでも今は自分が彼の隣に居るとよくわからない言い聞かせをした。
──そうよ、これは嫉妬。
この感情に比べたら、不自然な現象の一つや二つはまるで気にならなかった。
しばらくして、ようやく駆け寄ってきた担架がドルジを運んでいく。
ツェレンは、それを黙って見送った。
手には、まだ温もりの残る彼の上着が残る。
一人残されたツェレンの背後から、地上に帰還したばかりのドルマーが歩み寄った。
ツェレンが彼女を振り返り、数週間ぶりに二人の視線が交わる。
「ごめんなさい、寂しかったよね。」
ツェレンが先に口を開いた。
ドルマーが目を伏せながら「何もしてあげられなくてごめん。」と小さな声で呟いた。
ツェレンは妹の頭を静かに抱く。
お姉ちゃん。と口にしながら彼女は次第に嗚咽を始めた。
重く、深く息を吐いて、ツェレンはようやく肩の力を抜いた。
泣きじゃくる妹の肩を、そっと包み込んだ。