Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Mining district
Esteros System,Alkahera
Jade Falcon
28 June 3151
水面を蹴るようにして、アリマは岸に這い上がった。
ぐしょぐしょの服が重い。ブーツの中も水浸しで、歩くたびに音を立てた。
少し歩いた先の崖下にオチルが乗っていたホバー戦車の残骸が転がっているはずだった。
そこまで高い崖じゃない。オチルだって無事かもしれない。
足を引き摺るようにしてなだらかな斜面を登る。
音が遠くから響く。爆発、衝撃波、気圏戦闘機のエンジン音。
戦況は悪化している。優勢なはずが無かった。発信機を積んだホバー戦車が全滅したにも関わらず聞こえるArrowⅣの爆音。Longtomの砲撃音も止んでないのに KitFoxが前に出てきている。
相当に切羽が詰まっているのかもしれなかった。
嫌な想像ばかりが頭を巡っている。
オチルの機体を見つけた。派手に転がっていたが、コクピットブロックは潰れていない。救急箱と毛布くらいは引っ張り出せるかもしれない。
よじ登って中を覗くと、彼はハーネスに吊るされるようにしてぶら下がっていた。
中に潜り込んで彼の脈を取る。
心音良し、呼気よし、大きな外傷なし。
全身打身というところかしら。
そっと、彼を縛るベルトを緩めて降ろす。地面に横たえて彼の頬を軽く叩いてみる。彼は呻きながら眉をしかめただけだった。
——思いっきりひっぱ叩いてやろうかしら?
悪魔の囁きを頭から振り払って、救急セットと毛布を確保した。
そろそろ自分の心配もしたかった。
いつの間にか辺りは静かになっていた。
生きている通信機が無かった。戦闘の結果がわからない。
負けたのなら兵器の残骸の周辺に居座るのは捕虜になる可能性があった。
物資を抱えてオチルを背負い、斜面を離れる。
アリマの思考の隙間に、地面を這う音が割り込んできた。
嫌な予感が現実になった。
アリマよりも大きな体躯を持つ爬虫類。彼女達はその生活圏に足を踏み入れてしまっていた。
巨大な足で土を掘り起こし、鋭い牙をむき出しにしながら迫ってくる。
アリマはその姿に恐怖を感じながら、とにかく足だけは動かそうとした。
「オチル!しっかりして!」
ようやく自力で足を動かし始めたオチル。
アリマの彼への鼓舞は、まだ彼女達に気がついていない爬虫類の注目も引いた。
しかし、オチルはまだ自力で立つことすら難しそうだった。アリマは肩を貸してできる限り足を早める。
オチルを見捨てるというのも選択肢だった。
でも、ドルジはきっとそうしない。例えば、ドルマーだってその選択はしないだろう。
彼を捨てたら誰にも顔向けができない気がした。
必死にオチルを支えて、何とか崖の上に向かって足を進める。
だが、アリマ達は足元が不安定で、その進みは遅い。
爬虫類は回り込むようにしてアリマ達の逃げ道を狭めた。
その獰猛な目が、彼女達の足元をじっと見つめている。
自分を捨てて走って。とオチルが囁く。
—— 素敵な提案ね。イヤよ。
アリマは冷静さを保とうとした。
だけど、どうにも体が重く、呼吸が荒くなり、焦りが頭の中でぐるぐると回り続けている。
背後から、地を覆うような数の足音が近づいてきていた。
もういつ、チェックメイトと言われてもおかしくない。
足元を取られて、ついにアリマの体が崩れた。
オチルを抱えたまま倒れ込んだ瞬間、彼女の耳に音が響いた。
―― 重輸送ヘリ?
アリマはその音に一瞬、目を丸くした。空を仰ぐ。
パシュ、という何かの射出音が聞こえて咄嗟に目を瞑った。
「フレア発射、フレア発射ぁぁぁぁぁ!」
場違いな笑い声の混じった叫び声が渓谷に響いた瞬間、アリマのすぐ頭上を巨大な双発ヘリコプターが低空で進入し、閃光を撒き散らかす。
――バヤルっ!?
叫びは声にならなかった。
ふと、救助の可能性を忘れていた自分に気がついた。
痛みも忘れて、煌々と輝く燈の中で立ち上がる。
「お嬢さん達、ドライブどう!?」
目を焼かれた爬虫類のトカゲの悲鳴よりも、更にうるさい声が彼女達を空の散歩に誘う。
哀れなトカゲの上に覆い被さるようにヘリが後部ハッチを開けて、アリマたちのすぐ近くまで胴を寄せた。
中から手が伸び、アリマとオチルを次々に引き込む。
ボルドだ。
「ねぇねぇ、さっきのすっごいターン見た?ヤッバいの!」
ボルドの合図で、急速にヘリの高度を上げながら、曲芸飛行のような操縦をくり返す。
――どのターンのことかわからないわ、でもありがとう。
アリマは心の中で彼の言葉に答えた。喉がカラカラなことに気がついた。
ボルドが随分と念入りにアリマとオチルを席に固定する。
『淑女、紳士の皆様、本日はバヤルスペースラインをご利用いただきありがとうございます。安全のために、座席にお座りになったら、シートベルトを着用してお待ちください。』
バヤルが機内のスピーカーで遊んでいる。
「さっきのもう一回やるよ!見ててね!」
ボルドの顔が引きつる。バヤルの歓声と共に重力が消える。
双発の救助ヘリが空中で宙返りを決めた。
――バヤル、あなた私たちの頭の上でこれをやったわけ?
アリマは吹き出して笑った。
どうしてだろう、涙が止まらない。
さっきまで、あんなに死にそうだったのに。
アリマはキャーキャーと歓声をあげた。今はとにかく思いっきり叫びたかった。
隣でボルドが難しい顔をしている。
アリマはふとした閃きを口にした。
「もう一回回ってえぇぇぇ!!!」
今度はハッキリと声が出た。