Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Mining district
Esteros System,Alkahera
Jade Falcon
20 July 3151
ドルジの配下には明確な命令系統があった。だが、ここは違う。鉱山基地は軍閥の縄張りで、彼の直轄ではない。兵士たちも、どちらかと言えば、怠惰な連中ばかりだった。
「救助ヘリが出るほど怪我なんです?そのパイロット。」
ローターの音に負けない声で衛生兵のひとりが聞いた。こいつは口答えしながらも動くだけ良い方だ。
この砂嵐の中だと救助ヘリを飛ばすのは一苦労だ。
プリヤンカは3日前にヘリの採用を提案した自分を殴ってやりたかった。
無意識に眼鏡のフレームを押し上げる。
言わせて貰えば、この中を平然と飛んでいるゾリグやバヤル、アリマ達が異常な類なのだ。
「ママが行くって言ってるんだから、とにかく飛ばして!」
だからこそ、プリヤンカは衛生兵に負けない声で、怒鳴りつけた。
ここに配置転換されて1ヶ月、ドルジ達を監視して観察しているうちにプリヤンカは次第に自身が変容していることに気がついた。自覚した頃には既に彼女はアンネとツェレンをママと呼んでいた。
ママは間違っていない。最初はそう言うと基地の兵士達の顔はひきつった。
最近は慣れたのか、むしろ余計な抵抗がなくなってきた。
ヘリの後部座席。
漆黒のローブとフェイスベールに包まれたアンネは、砂嵐に叩かれている救助ヘリの中でも、まるで表情を動かさずに座っていた。
ミサイルキャリアーを割り当てられていたのはオチル達だった。戦闘の序盤の航空攻撃で爆撃された彼らは車両から脱出して砂嵐を避けて岩陰に隠れていた。
オチルは担架に乗せられるのをいやそうにしていた。
「……歩けるんですけどね」
負傷は軽い捻挫。苦笑まじりにこぼす声に、衛生兵が小さく呟く。
「贅沢な足だな」
救助ヘリにミサイルキャリアーの乗務員が全員収容されると、ヘリは満員だ。もう誰も追加で載せられない。
ヘリは高度を上げている。このまま何も指示を出さなければ、機体は帰還のルートに載るだろう。
プリヤンカは乱れたフレームを中指で戻して、意図を探るようにアンネの表情を窺う。
彼女の視線はまだこの先、戦場のもっと奥を見ていた。
ーーアンネママは、オチルのためにヘリを飛ばしたんじゃない。
プリヤンカは何かを察して、操縦席に次の指示を出した。
「前方に進出してください。」
救助ヘリのパイロットがさすがにイヤそうな表情を浮かべる。
そのとき、通信機が信号を拾った。
内容にプリヤンカの表情が凍る。
『TimberWolf被弾。パイロット重傷。』
アンネが、何も言わずにすっと立ち上がった。言葉はない。
でも、それで十分だった。
パイロットが渋面でヘリの高度をさらに上げた。衛生兵が押し黙る。
誰も命令を出さない。
けれど、全員が彼女の動きを気にしていた。
プリヤンカも、座席から腰を上げようとしてすぐにやめた。ヘリの揺れがそれを許してくれなかった。
座席をしっかりと掴みながら、アンネを見上げる。彼女だけがこの振動の中で自由だった。
やがて救助ヘリは、煙と砂を裂いてTimberWolfの真上に到達した。
戦場の中央で砂嵐にも負けず、どっしりと立っていた。周囲は戦闘ヘリと2機の軽量級メックが固めている。
その彫像の肩に、ふわりと降り立つ影があった。アンネだ。
風も、煙も、彼女に触れない。
ただ、あの巨獣の上に彼女がいる。それだけで、機体が命を取り戻したようだった。
ヘリの側面ドアに手をかけたプリヤンカを衛生兵が止める。
「砂嵐の中です。ヘリのドアは開けないでください!」
「じゃあ、どうやってママは外に出たのよ!」
知りませんよ!と衛生兵が叫ぶ。
彼女はさっきまでプリヤンカの隣にいた。風も音もなかった。
それに、ドアを開けられないのなら、どうやって高所の負傷者を回収するのか?
プリヤンカは急に無力感に襲われた。窓の向こうにいるアンネを上から眺めることしかできない。
TimberWolfの上で待機していたバトルアーマー隊とアンネは二、三言言葉を交わしたように見える。
バトルアーマー隊が元の配置に戻ると、TimberWolfが静かに歩き始めた。鋼鉄の軍靴が一歩一歩砂地を踏みつける。
血に塗れ、傷つき、頭部から装甲がはがれたその巨体が基地へ向けて帰還していく。
どうやっているのかはわからなかった。それでも、間違いなくその行進を導いているのは巨獣の頭に立つ漆黒の彼女だった。
通信機の向こうからバヤルの撤退指示が聞こえてきて、プリヤンカは我に帰る。
慌てて同じように呆けていた操縦士に帰還の指示を出した。
駐機場を抜けて格納庫へ。
砂嵐から守られた空間にTimberWolfが戻ってきたとき、誰もが息を止めて見守っていた。
プリヤンカが救助ヘリから飛び降りて、そこに辿り着いたのは、ちょうど機体が膝を折り、ついに静止した瞬間だった。
コクピットブロックが開いて、炭化した外殻の奥に彼はいた。
アンネが何の迷いもなく、機体の中に身体を滑り込ませて彼の表情を確かめる。声が聞こえたような気がしたが、その声は小さくて誰にも聞き取れなかった。
そして、静かに、彼を抱き上げた。
崩れた戦闘服、煤にまみれた顔。
それでも、彼は生きていた。かすかに、胸が動いている。
彼女はそのまま、ふわりと地上へと舞い降りる。
砂は舞わず、風は吹かない。
だが、誰も近づこうとはしなかった。
プリヤンカは歯を食いしばる。
「なに、呆けてんのよ。」
思わず、立ち尽くす衛生兵の尻を思いきり叩いた。
「担架!運ぶよ!今すぐ!」
声がひっくり返っていた。神話を前にして、腰が引けているのは彼女ですら一緒だった。でも、気にせずにプリヤンカは駆けた。
今、ママの役に立たなくてどうすると言うのか。
アンネと視線が合う。眼鏡越しに見たその表情はいつもと変わらなかった。
でも、白い肌にほんのり浮かぶ赤み。額には細かな汗。ローブの袖からのぞいた手首は、しっとりと濡れていた。
彼女の碧い目は何も語らない。
それでも、確かにプリヤンカは彼を女神から受け取った。