Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Mining district Medical Facilities
Esteros System,Alkahera
Jade Falcon
21 July 3151
この病院の外に彼女が出ることはもうない。
ルヒ軍閥に拾われ、医官として生かされた時点で、そういう定めなのだとシタは思っていた。
彼女は軍閥に拾われた女児の中では幸運な方だった。金髪美人でも肌白でもなく、頭が良かった。学校に通わされて、頭脳労働要因として育てられた。同じ年頃の女児が既にそれぞれ金持ちの大人の男を当てがわれていた時に彼女は文字を習い、計算や科学を学んでいた。
シタが大学を出て外科医になった頃、同い年だった子達の殆どがこの世を去っていた。彼女は軍人でも戦士でもない。兵と鉱夫の命を預かる手だった。医者というのは彼女のようなモノではなく、もっと尊い者なのだと思うことにしていた。
ある日、彼がこの基地にやって来た。
ドルジ。星の外からやって来た悪魔。
初めて彼の姿を見たのは、彼が光学兵器か熱線の輻射で上半身が焼けただれた姿だった。
ただのならず者かと思っていたが、彼の周りに侍っていた女達の様子を見て考えを変えた。彼女達からは媚びを感じなかった。
ある日、突然彼が口を開く。
「外に出たいのか?」
意味がわからず、思考が一瞬止まった。
だが、なぜか「はい」という答えだけはすぐに出る。
それから数日後に院内で正式な辞令が降りた。
ドルジの部隊に帯同する専属外科医という新たな肩書がつく。
まだ専門医ですらない若手であることを考えれば、異例のことだった。
外から雇用のであれば話は違っただろうが、幼少の頃から軍閥に育成された医官の身では人身御供のような人事に抗議出来るはずも無い。
だから、シタはドルジに詰め寄ろうとした。
文句があったわけではない。
彼の前まで行っても、特に何も告げるようなことはなかった。
そのことに気が付いたシタにドルジは一言だけ、確かめるように言う。
「来るのだろう?」
彼はシタに強制をしない。
選択の自由は常にシタにある。
それなのに彼女は返せる言葉を見つけられない。
答えの出ないまま彼の怪我の治療は終わり、更に日々が過ぎた。
そして昨日、彼は再び病床に運び込まれてくる。
火傷や打ち身程度ではなく、もう少し重い大怪我だった。
前回よりも長い入院になりそうなことに、喜びのようなものを覚える自分に戸惑う。
頭の中から漏れ出ている感情ならば、封ができた。
それなのに、この渇望は脚の付け根の辺りから、シタの胸の奥底までをじんわりと支配している。
見ないふりをすればするほど、願いは痛みに変わった。
シタは意を決して、わざと夜間を狙って彼の病室を訪れる。
夜な夜な彼の個室を訪れるであろう、女戦士達の邪魔をするように。
彼の身体を消毒液で拭いて、全身に膏薬を塗り直し、包帯を巻き直す。
医者の彼女がやらなくても、誰か他の人間に任せてもいい仕事だ。
効率を考えれば、この処置を医者のシタが時間をかけて丁寧にやるのは誤りでしかない。
彼女には他にもやらなければならないことがある。
全ての終えて、彼の寝台の横に座り込む。
顔を覗き込んで尋ねてみた。
「私を攫うのは、どうして?」
この男が女性の金髪や肌色に拘りがないのは知っている。
それなのに彼女をこの星から連れ出そうとする意図が知りたかった。
「医者だから?それとも、私のことが好みだから?」
女であれば、誰でもいい。彼がそういう考えの男ではないことは知っている。
この男はむしろ、そういうことには奥手だった。
自分から手を付けることをせずに、差し出されたものだけを食んでいる。
もしも、シタの目に曇りがないのだとすれば、
──私は特別ということかしら?
そう考えるだけで、何かを期待する気持ちが湧き上がる。
でも、彼の答えは期待はずれだった。
「ここから外に出たそうだったからだ。」
他に耳があるわけではない。
だから、彼が本心を隠す理由もないはずだ。
シタは白衣を脱いで、シャツも何もかもを床に放り出す。
艶やかな黒髪が背中に流れ、かすかな湿りを含んだオリーブ色の肌にそっと沿う。
張りのある胸と、柔らかく引き締まった腰回りが、細い腹を中心にゆるやかな弧を描いている。
細すぎず、重すぎず、均整のとれた肢体。
かつて、誰にも見定められなかったその肢体を、女医は剥き出しにした。
ドルジの顔の真正面に自分の顔を近づける。
シタの口から吐く息が、彼の前髪を揺らした。
「お前だから連れて行く。そう言って。そうすれば、黙って付いていくわ。」
そうか。と彼は短く答える。
それきり何も言わない。
シタはそのまま顔を近づけ、彼と唇を重ねた。
彼は、何も言わずにそれを受け止める。
ドルジもシタも、声を発さない。舌が触れ合うたびに、言葉のない対話が続いた。
彼は彼女を拒まない。彼女も彼を拒まない。
これが愛かどうかはわからない。
けれど、彼の鼓動を感じた瞬間、シタは自分の心が、ずっと探していた何かに触れたのを悟った。
どうしてそうなったのかはわからない。
いつの間にか、シタの身体は彼に抱かれていた。
ベッドの軋みは小さく、夜の静けさを破ることはない。
だが、シタは自分の中で保っていた何かが倫理と共にビリビリに裂けて散らばるのを確かに感じた。
包帯に覆われた身体が腰を動かすたびに、シタは彼の身体に走る痛みと彼の秘められた意思に息を呑む。
強い意志が何度も弾けて、シタの細く均整の取れた肢体は何度も跳ねる。
お互いの熱を分け合いながら、シタは彼の心を自分の奥底に導いた。
夜が静かに流れて、シタは彼の胸に頬を預ける。
しばらくの沈黙のあと、シタは自分の呼吸を整えるように、一つ息をついた。
黙って寝台から降りると、床に投げ出していたシャツを拾い上げて、白衣に袖を通す。
「貴方に付いていくわ。」
それだけを彼に告げて、病室を離れた。
まだ、身体の中に自分のものではない熱が残っている。
その代わりに、シタを苦しめていた痛みはどこかに消えてなくなっていた。
ふと胸元を見下ろして、シャツのボタンがひとつだけ開いたままになっていることに気が付く。
少しだけ考え込んだ後に、シタはそのボタンを留め直すことにした。