Battletech:Tales of Jade Falcon Remnants 作:Sykyu
Bar"Monarca"
Esteros System,Alkahera
Jade Falcon
26 July 3151
──やりすぎたかしら?
店に入った瞬間に心の中で首を傾げた。
表情には出さない。
鏡で見慣れたはずの「マリア」の姿。素の顔。素の声。素のまなざし。
無防備な仮面にいつもとは違う化粧をのせて、艶を足すようにまとった赤いドレス。肩と背中を大胆に出し、身体のカーブをなぞる布地は、その下の魅力を隠していなかった。
高めのヒールが床を打つ音が、店内の空気を静かに切った。
この辺りで、肩の出たドレスを着る女はいない。
色々な感情の視線が刺さる。けれど、気にしているように見せない。それもまた演出のうち。
カウンター席に腰かけて、店主に微笑むように声を乗せる。
「あなたのオススメを。氷は少なめで」
はっと我に返った店主が頭をひねって一杯をひねり出す。
カウンターに置かれたグラスを指先で持ち上げて、口を寄せて知らない味を楽しんだ。
ほの甘く、苦く、なにより酔わない程度に濃い。好みとは違うけれど、今夜の自分にちょうどいい。
ふと横を見ると、彼女を眺める目と目が合った。
男は思ったより若い。品定めするような目は同業の匂いを感じる。
「マリア」は彼に微笑みかけた。
「……一杯、奢ってくださる?」
少しの沈黙。男の眉がわずかに動く。
警戒、というよりは警告に近い。だが、「マリア」は微笑む。
「……今の表情、お父様にそっくり。」
地質学者の父親に同行している話、好きな宝石の話、この地域の地層の話、原石を目の細かいヤスリで丁寧に磨く話。
聞かれてもいない話を「マリア」は語り、男は警戒を解かないまま、しかし耳を傾ける。
手元のグラスを回しながら、話題はやがて家を出て行った母親の話と寂しそうな父親の話に移る。
声色は柔らかく、わずかに甘い。でも、どこかに滲む寂しさ。
彼の視線が、グラスの中身からアリマの指先、頬、鎖骨へと移っていくのを感じる。
用意していたカバーストーリー。
きっかけを与えたのは、「マリア」だったかもしれない。
彼の手が自分の背中に回ったとき、もう演出に拘る必要はないと感じた。
待ちきれないというように、男の唇に自分の唇を重ねる。
ドレスのファスナーが落ちる音がする。
彼のセーフハウスの空気は乾いていて、冷たい香りがした。
ワインのような香りと、生身の熱が混じった吐息が、肌を撫でていく。
首筋を撫でられるたび、自分の皮膚に波のような感覚が走った。
肌と肌を重ねて、男の重みを全身で受けとめる。
今は、全てを捨てて愛されて、内なる欲を彼にぶつけよう。
一人ぼっちの「マリア」が望むままに。
朝、「マリア」が目を覚ますと男もちょうど目覚めたところだった。
女の反応を見ている彼に顔を近づけて、そのまま昨日の晩のように唇を吸う。
「ご機嫌はいかが?」
もうすぐ終わる。でも、まだ終わらせてあげない。まだ放してあげない。
身を起こして、シーツに隠れた彼の腰のあたりに手を這わせる。
指先に触れた感触を確かめて、彼の身体に自分の体重を重ねる。
窓から注ぐ朝の光を浴びながら、昨晩の続きを全身で求めた。
男が呼び出しを受けて、慌ててセーフハウスを出て行く頃にはもう陽は真上に昇っていた。
寝台から抜け出して裸足で窓辺に立つ。
もう、見えなくなった男の姿を惜しむように......。
--そんなわけがないでしょう、鮫さん?
「マリア」は、ここまで。
アリマはクスリと笑うと、床に落ちた赤いドレスを拾い上げた。